続・相対性理論への疑念(10)〜真実を知った上で再考して欲しい〜

本コーナーで再三、言明してきているように、私のスタンスは

 『論理矛盾』『論理飛躍』『恣意的解釈』をよしとできない

というものですが、「恣意性の無い(と私自身が感じる)『直接的実証観測結果』」があ
るのなら、それがどれだけそれまでの『世の常識』に反していても認めるのにやぶさかで
ない輩です。勿論、私は市井のド素人ですから、これはあくまで「私個人」に属する思い
でしかないのは事実であり、なんの力もありませんが、同じ本で学んでも捉え方は千差
万別であることだけは強調しておきたいのです。繰り返し主張していますが、「正しい派」
の方々が言うように「きちんと学べば正しいことがわかる」というような論には実は根拠も
妥当性もありません。国内でも、きちんと教科書と授業で学んだ方達の間に反対論者が
おられる(例えば、相対性理論は誤っている)という事実があるのです。
そして、海外サイトまで漁った結果、それは私らのような市井の素人だけに湧き上がる
思いではなく、理論生誕以来のこの100年間、綿々と『物理学者』の間にさえ続いてきた
ことを知って、自分の感性に意を強くしているところです。

結局のところ、「正しい派」と「疑念・反対派」がすれ違うのは、「きちんと学んでいる・学ん
でいない」とか「自分の常識に囚われていない・囚われている」等からではなく、ただ単に、

 『論理矛盾』『論理飛躍』『恣意的解釈』をよしとできるかできないか

だけだと考えているところです。

勿論、疑念派の私がこういう指摘をしても、恐らくは、「現代の」科学者さんの大半はそう
は思ってもいないではないかと考えていますが。それは、日本サイト見れば一目瞭然で
すけど、多くの歴史的事実が綿々と隠されてきていて、それを「知らない」からだと思うの
です。もしも、知っている上で口をつぐんでいるのなら、それこそとても「科学的でない」
極めて卑怯で、「世俗的」スタンスでしょう。学徒をだまし続けていることになるわけです
から。

この5年間、ネット検索してきた中で、アカデミズム界でmain streamになっているものに
対して、「個人の思い」「個人的解釈論」をいくら並べても「正しいのだ」と思い込まれてい
る方に対しては無力だなと言うのを知り、また、「自分自身の疑念」自体に「正当性」が
あるのかを確認したい(ひょっとして自分自身の知見不足だけかもしれないという不安も
あって)という視点から、検索を海外サイトまで広げた結果、むしろ、私だけではないと
思われる「知られていない歴史的事実」が沢山暴露されていて、実は私自身も「驚き桃
の木山椒の木」状態になりました。

そんな中で、かつてここで触れた「背信の科学者たち」という本で紹介されて いるアカデ
ミズム科学界の実態を知って(この本では直接、relativity,Big-bangなどには言及しては
いませんけど)タイトルでは直接"Relativity"に言及してはいませんけど、大半はそれに
言及するまたは念頭においた同じようなことの繰り返しの批判articleを本コーナーで沢
山したためてきたわけです。

本コーナーでは、前述の海外サイトや原論文を読むことで知った内容−すなわち、世間
に出回っているRelativity解説が、いかに「背信の科学者たち」で暴露されている科学界
の体質ゆえに構築されたことに無知なままなされてきた、不十分・不確か・誤解のものの
もとにされてきているかという「真相」を紹介提示してきています。私が抱いてきた究極の
疑念も決して私一人の知見不足ではなかったことを知りそれも既に紹介しています
(⇒ここはそういう意味合いで紹介したものです)。

日本では下火になっている感がするのですが、海外では科学界内で今現在、議論され
ている(インターネットの発達がそれを可能にしたと思いますが、本とかインターネットで
反対論や修正論が出てきている)こともあって、海外の現状をウオッチするため今も継
続的に海外サイトを当たっていて、まだ紹介はしていませんが、新たな真実を目にして
います。疑念を持たれた方は是非、海外サイトで何が語られているか、どういう状況に
なりつつあるかをご覧いただいたく存じます。わたしのつたない語学力では十分な紹介
はできていないだろうと思いますので。
ちなみに、どこかで以前、「相対性理論に反対しているのは男ばかり」などと言うのを目
にしましたが、海外では女性科学者(物理学者ではないのですが)が反対論の本まで出
されている(Challanging EinsteinというところでJ ohn Learという方により内容紹介さてい
ます)そうですから、それは「井の中の蛙」の単なる偏見でしかないでしょう。

私が是非お願いしたいのは、一つは、こういう隠されてきた「不都合」をきちんと認識した
上での「大局的」、「客観的」に考えた上での論理的・合理的議論です。
個人的信条というのは勿論ありますが、くだらない罵倒合戦などもうやめてほしいのです。

ただし、「不都合」なことを無視した論は私のような輩には決して「信頼性」を勝ち得ない
ということを知っておいていただきたいのです。「正しいのだ」と主張されるのなら、本コー
ナーで紹介・指摘したことを真摯にとらえた上で、論理的・合理的反論をお願いしたいだ
けなのです。「黄門様の印籠」をいくら「錦の御旗」のように掲げても、正当性も説得性も
そこにはないのです。少なくとも、私の目にしたところでは、海外サイトにはそういう本質
とはかけ離れたばかばかしい論(「錦の御旗」に基づくような罵倒)は「正しい派」にもあ
りません。ただし、あいもかわらず古い解釈をしているだけですけどね。

ここここなどで紹介したように特に今世紀に 入ってから海外の科学者の中に不思議な
動きがみられます。私は、その一つには、近年、インターネットの発達により、Relativitists
により、この理論を「神聖にして犯すべからず」の"Holy Theory"にまで祭り上げるために
なされてきた隠され、歪められた歴史的真実が暴露されてきたこともあるのではないかと
思うのです。要するに、「一部の欧米科学者界の中に封じ込められてきた物理学者界の
中での疑念・反対論の存在とその言説」が下々に漏れて専門家以外の科学者や我々
下々に知られてきてしまい、それに対しての論理的・合理的反論ができないゆえに、一生
懸命に理論崩壊を防ぐべく取り繕いをするか、見事に自分がそれであったことを隠しての
転向言説をするか、また、本当に「洗脳が解けた」かではないかと思うのですがどうでしょ
うか?

いずれにしろ、『井の中の蛙』で世界の動きを知らないままでいると、ある日突然梯子をは
ずされてしまってここで引用した下側のポンチ絵みたいになってしまう可能性が高まってい
るのではないかと海外サイトを眺めていて思うのです。日本でも、ここで示したように昨今
の実証観測結果により、当の専門家の間でも困惑が広がっている−まだ、合理的・論理
的解釈が固まっていない−(そんなことは日本ではほとんど報道されていませんね)よう
ですから余計そう思うのですけどね。

ちなみにくどくと再度は書きませんが、前述で『大局的』に見てという意味は、本コーナー
で示してきた私以外の方達の言説をじっくり考えていただければご理解できるのではない
かと思います。局所的に判断するゆえに、ある言説を理解した気になって本質を見失うと
いうことは何事においても多々あるのです。


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※本コーナーのかなりはタイトルに直接その名がないのも含めて「相対性理論」に関する
ものです。いかに関連コーナーを示します。
ここここここここここここここここここここここここここここ
ここここここなど

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(追記)
私は、本コーナーで特に"Relativity"に関して、特に日本では知られていないと思われる
海外サイトで目にした色々な情報を紹介してきていますが、恐らく、確信的に「正しい」と
思われている方達は、「それがどうした。そんなものは理論の正しさとは無関係だ」とおっ
しゃるだけだろうと思っています。

しかしながら、少なくとも、「正しいから科学界が皆納得してmain streamになったのだ」と
いうような「黄門様の印籠」的言説への反証になっていると考えています。
そういう「よろい」を脱ぎ捨てた生の部分での真摯な議論が欲しいだけなんです。そういう
生の部分に絞れば、疑念者・反対者が出てくるのは必然的と思うのです。なぜなら、私的
には、非常に「無理」があるTheoryだと思うからです。真に、論理飛躍・論理矛盾・恣意的
解釈ななどが入っていなければ、恐らく、反対者は激減するのではないかとおもうわけで
すが、そういうものばかり目につくのです。

しかるに、確信的「正しい派」の方達は、そういうものに対しては「それでいいのだ」という
スタンスしか示してきていないのです。ですから、私はそこには真摯な科学的態度がどう
しても感じられないゆえに、なぜこの理論が"Holy Theory"にまで祭り上げられたのか、
すなわち、なぜ多くの科学者が「それでいいのだ」と納得できたしまったのかがどううして
も理解できず、海外サイトを当たって21世紀になってから暴露されてきている数々の真相
を目にし、なるほどなぁと感じましたので、本コーナーで実態を紹介してきているのです。

ですから、「それがどうした。そんなものは理論の正しさとは無関係だ」というのなら、それ
は「非科学的な」傲慢不遜な態度で、一度疑念を抱いてしまった方々には全く説得性のな
いものであると言いたいわけです。


                             (’14/12)

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