続・相対性理論への疑念(4)〜奇妙な側面B〜
本当に、『原理主義』というか、皆がオリジナル理論に拘り続けているのは日本だけくらい
ですね。海外サイトを見ると驚くばかりです。多分に自らそういう情報に接しようという気
持ちなどなく、権威からの伝言だけの世界にどっぷり浸かっているのでしょうね。
恐らく、欧米でにっちもさっちもいかなくなったぎりぎりの状況にならないと気がつかないん
でしょうね。それとも、実は知ってはいるが、見て見ぬふりして先延ばしで口チャックしてい
るだけなのかもしれませんが。大変失礼ながら、部外者には真実はわかりませんので勝
手なことばかり想像で書いてますm(__)m。でも、話題にもならないことが不思議で・・
海外サイト見ていると、最近、本当に奇妙な状況が起きて来ていて、すでにここ〜ここで、
いくつか紹介したんですけど、ここのサブタイトルに示した「迷走」というか、ここに引用した
下側のポンチ絵なのか、奇妙な新説を出している学者が出現しています。
すなわち、タイトルとか冒頭の言葉を見ると、いかにも"Anti-Einstein's Special Realativity"
かと思えるものなのに、よくよく読むと、Einsteinの一部の発想とかそういう所を否定してい
る割には、最後の結論は類似した独自理論を出しているだけというものが出現しているの
です。
実は、ここで紹介した論文もそうですし、つい最近、別のものを発見しました。
概要だけはQuestioning Relativity 1:Hervert Dingle
というところにあるのですが、本論主
張は出している本にあるようです。主張者はClaes Johnsonと言う方で、属性はProffesor
のようです。で、よくわからないので、検索していたら、ネット上にこれに関する批判web論
文(⇒On Einstein and Axim of Special Relativity)
がありました。
著者は完全にAnti-Relativityのスタンスでいくつかのweb論文を"General Science Journal"
というサイトにアップされている方です。
既に本コーナーで触れて来たのですが、どうも、21世紀に入って欧米で科学者の中にこう
いう奇妙な動き(根本的には"Special Relativity"の「修正理論」が出てきている)が起きて
来ているのは、Einsteinの"Special Relativity"の基本になっている第二postulateの立場が
やばくなってきているのではないかと思うのです。
とうとう、ここで紹介したように、第二postulateなどなくても"Special Relativity"は影響され
ないなどと主張する方まで出現しているということがそういう私の想定を強くしている理由
です。
色々調べてみると、どうやら、20世紀の前半には、"Special Relativity"は「物理学の基本
的原理」として科学界(物理界、数学界)では「不磨の大典」扱いになったようです。
前述の、Claes Johnsonと言う方が言及しているHervert Dingleと言う方は20世紀最後の
"Anti-Relativity"論客として1950年代にネーチュァ誌で反対論文を出されたのですが、
The consensus in the physics community is that Dingle’s objections to
the logical consistency of special relativity were unfounded
(物理社会におけるコンセンサスは、特殊相対性理論の論理的一貫性に対する
Dingleの不服は事実無根だというのものだった)
だったそうです。ですから、20世紀後半は、もうNew Inquisition(新しい異端審問)で紹介
した情況になっていたのは間違いないでしょう。
で、"Special Relativity"生誕100年の21世紀になってどうして?というわけです。見かけ
上、急速に「タガが緩んできた」ような感じですが。
"Special Relativity"の第二postulate「全ての慣性系で光速一定」というのは、Einstein
自身が当時言明していたように、「エーテル否定」に直接繋がるものです。しかしながら、
ここで紹介したように、近年、欧米では、その"ether"がまさにその名前で復権のきざしが
でてきているのです。昔ながらの"ether"または近年では"aether"という名で。これは、間
違いなく、"Special Relativity"の第二postulateと矛盾するのです。
日本と違い、欧米ではアカデミズム科学者の間でこういう論議が公然となされつつあるの
です。明らかに、何か、そういう動きが出てきているのはそれなりの理由があるものと思
われます。
未だ、それのきちんとした回答を得ていませんけど、情況証拠的なものは思いついていま
す。
勿論、本質的には、第二postulateは直接実証観測されたものではないことです。本当に
それがあるなら、こんな論議は起きるはずもありません。最初の頃の反対学者は皆、この
第二postulateを問題視していたわけですし。結局、学者により強調点は異なれど、その弱
点(直接実証観測されたものではない)ゆえ、私に言わせてもらうなら、恣意的・ご都
合主義的・循環論的「解釈論」で「ごまかして」きたわけです。
そうなると、何か「不都合なこと」があれば、極めて「弱い」わけですよね。一体全体、何が
出てきたのでしょうか?残念ながら、まだ私は決定的なものを見つけていません。
ただ、何か、御本尊のEinsteinを捨ててまで、"Special Relativity"の最後の砦だけは温存
しようと考えている勢力がひょっとするとあるのかもしれないなという感じもしてきています。
Anti-Relativityの方の意見欄から引用してここに示した下側の絵はそういうのを表してい
る気がしてなりません。
勿論、欧米でも、まだ一般的には、
those defending Einstein sometimes retort that this is attacking
the "messanger" instead of the "message"
(Einsteinを守っている人たちはときに、これは「メッセージ」の代りに
「メッセンジャー」を攻撃していると言い返した)
(On Einstein and Axim of Special Relativityより引用)
という状況ですけどね。ちなみに、messanger=Einstein、message=Relativityです。
しかしながら、21世紀になってEinsteinに係わる暴露本が出版されたり、ネット上でも、
"Plagiarist of the Century"と色々な方達の発言などを元に、強烈な批判攻撃をしている
方もいらっしゃいます(⇒Albert Einstein: Plagiarist of the Century?)。
そういう人格的なことではなく、すでに本コーナーで触れたと思いますが、"Relativity"
の本家本元、cult"Einsteinians"の御本尊であるEinstein自身が、Gneral Relativityを構築
する過程で、"no ether philosophy"を捨て、実質的に存在を認めたという暴露話がぽ
ろぽろ出て来ているのです。かなり「あいまいな」発言でごまかしているため、あくまで解
釈論かもしれませんが(Einsteinの語録にはそういうのが多々ありますね)。
ただ、ここで示したように、「量子もつれ」が直接実証されたことが「相対性理論学者」を困
惑させていることは当の学者が書かれているのですから間違いないでしょう。
しかし、私は本当にそれだけだろうかと勝手に疑念を抱いています。勿論、私の妄想かも
しれませんが、何か隠されているもっと決定的な何かが観測されてしまったのではないか
と・・・
しかしながら、完全崩壊させてしまうと20世紀物理は全面見直しが必要になってしまう
・・・そんな思いが、奇妙な、中身をじっくり見ると「修正理論」でしかないものが出てきてい
るのではないかと・・・。穿ち過ぎでしょうか?
いずれにしろ、日本では全くそういう動きがネットでさえ報告されないのも不思議です。
向こうのforumサイトで発言されていらっしゃる日本人の方も見受けられるのですが・・
(’14/7)
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(追記’14/7)
ふと思いついた事があります。それは、文化勲章受章数学者の故・岡潔博士の語録です。
(岡潔さんについては前にここで触れました)。
彼は、現代の物理学は自然科学でないと批判し、数学でなら、もっと気のきいた理論が
つくれる(若い同僚はその準備をしている)というようなことをおっしゃっていたようです
(そのままではなく私のうろ覚えでの感触ですが)。どれのことかは私には不明ですが・・
で、上記の、Claes Johnsonという方の主張って、まさに、そういうもの−「数学に通じてい
る方の純数学的理論」−ではないかと思ったわけです(中身は本にあるらしくわかりませ
んが)。ネット上記事では、散々、Einsteinは数学を知らなかったと攻撃していますからね。
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