マックスウェルはどう考えたのだろうか?A

   〜1865年論文から概要抜粋(1)〜

さて、次に1865年発行のMaxwellの論文A Dynamical Theory of Electromagnetic field"
を読んで、彼が「電磁界(Electromagnetic field)」をどのように考え、"General Equations"と称し
ているものを導出したかについて、私の理解(勿論、浅学菲才ゆえ"misunderstand"の恐れは
十分ありますが)の範囲で概要を述べたいと思います。尚、電磁波については既に前回示しま
したので本項では触れません。また、所有していない拡張版の1873年の方には言及しません。

1.理論の根源のHypothesis−「周囲媒体(æther)」の運動−

前項で述べたことと輻輳しますがMaxwellは1865年の論文のPART I INTRODUCTRYの中で

 The electromagnetic field is that part of space which contains
 and surrounds bodies in electric or magnetic conditions.
 It may be filled with any kind of matter, or we may endeavor to
 render it empty of all gross matter, as in the case of Geissler's
 tubes and other so-called vavua.
 There is always, however, enough of matter left to receive and
 transmit the undulations of light and heat, and it is because
 the transmission of these radiation is not greatly altered when
 we are obliged to admit that the undulations are those of an
 æthereal substance, and not of the gross matter, the presence
 of which merely modifies in some way the motion of the æther.
 We have therefore some reason to believe, from the phenomena
 of light and heat, that there is an æthereal medium filling space
 and permeating bodies, capable of being set in motion and of
 transmitting that motion from one part to another, and of
 communicating that motion to gross matter so as to heat it and
 affect it in various ways.

 (電磁場は電気的または磁気的条件下にある物体を含み取り囲んでいる。
 それはある種の物質で充満されているかもしれないし、または、我々は、
 それをガイスラー管やその他の所謂真空の場合のように、それを総体が
 空であると表そうと努めるかもしれない。
 しかしながら、光や熱の波動を受け伝えるのを担う十分な物質が存在し、
 それは、これらの放射の伝搬が、我々がその波動はエーテル状物質のも
 のであり、その存在は、ただ、なんらかの様式でエーテルの運動を修正
 する総体のものではないことを認める必要があるときに、大きく変わらな
 いためである。
 我々は、それゆえ、光と熱の現象から、運動状態におかれ、その運動を
 一つの部分から他の部分に伝え、その運動が、種々の方法でそれを加
 熱し影響するように総体に伝わることが可能な空間を満たし物体に浸透
 しているエーテル状媒体があることを信じるいくつかの理由がある。
)

と書いているように、Maxwellは「場(field)」というのを「周囲媒体」すなわち「エーテル(Maxwell
は上記のように"æther"と書いています。以前は"ether"と言われ現在は"Aether"と称せられ
ていると複数の海外サイトに書かれていました。"æ"から"Ae"としたのでしょうね)」の『運動』に
起因するものと考えています


PART I INDUCTORYで、マックスウェル、マックスウェル方程式、電磁波、ファラデー、æther)
では引用紹介しなかったところをもう少し箇条書き的に引用紹介しておきます。

 Now the energy communicated to the body in heating it must have
 formerly existed in the moving medium, for the undulations had
 left the source of heat some time before they reached the body,
 and during that time the energy must have been half in the form
 of motion of the medium and half in the form of elastic resilience.
 From these considerations Professor W. Thomson has argued, that
 the medium must have a density capable of comparison with that
 of gross matter, and has even assigned an inferior limit to that
 density.
 We may therefore receive, as a datum derived from a branch of
 science independent of that with which have to deal, the existence
 of a pervading medium, of small but real density, capable of being
 set in motion, and of transmitting motion from one part to another
 with great, but not infinite, velocity.

 (今、それを加熱している物体に伝わるエネルギーは、運動媒体中に元々
 存在しなければならない、なぜなら、波動はそれらが物体に到着する前
 のあるときに熱源から出、その時の間、そのエネルギーは半分が媒質の
 運動の形、半分が弾性力の形とならねばならないから。これらの考察か
 らW.Thomson教授は、媒質は、総体の密度と比較できる密度を持たねば
 ならなくて、その密度の下限を与えさえすると論じた。
 我々は、それゆえ、扱うべきものと独立した科学部門から引き出された与
 件として、運動状態にでき、一部分から他方に運動を大きいが無限では
 ない速度で伝えることができる、小さいが現実の密度の充満する媒質の
 存在を受け入れてよい。
)

W.Thomson教授とは後にSirの称号を得てケルビン卿と名乗るようになった方です。Maxwell
に大きな影響を与えた方達は、共に深い洞察力を有していた実験科学者のFaradayと主導的
理論科学者のこのW.Thomson教授です。W.Thomson教授はFaraday教授を高く評価していたよ
うです。この文章から、W.Thomson教授は周囲媒質"æther"の存在を確信していたことが伺え
ます。更に次のように述べています。

 Hence the parts of this medium must be so connected that motion
 of one part depends in some way on the motion of the rest; and at
 the same time these connexions must be capable of a certain kind
 of elastic yielding, since the communication of motion is not
 instantaneous, but occupies time.

 (これより、この媒体の各部は一つの部分の運動が残りの部分の運動になん
 らかの形で依存しているようにつなげられていなければならない;そして、同
 時にこれらの繋がりは、運動の伝達は瞬間的でなく、時間を要するので、あ
 る種の弾性曲がりを可能にしなければならない。
)

 The medium is therefore capable of receiving and storing up two
 kinds of energy, namely, the “actual” energy depending on the
 motions of its parts, and “potential” energy, consisting of the
 work which the medium will do in recovering from displacement
 in virtue of its elasticity.
 The propagation of undulations consists in the continual
 transformation of one of these forms of energy into the other
 alternately, and at any instant the amount of energy in the
 whole medium is equally divided, so that half is energy of
 motion, and half is elastic resilience.

 (媒体は、それゆえ、二種類のエネルギー、すなわち、その各部の運動に
 依存する「実際の」エネルギーと、媒体がその弾性の効力内の変位から
 の回復中になす仕事からなる「ポテンシャル」エネルギーを受け、蓄積
 することが可能である。
 波動の伝搬は、エネルギーのこれらの形の一つを交互に[なされる]他の
 形への連続変換からなり、任意の瞬間に全媒質におけるエネルギー量
 が、半分は運動のエネルギー、半分は弾性曲がりとなるよう等分に分配
 されている。
)

 A medium having such a constitution may be capable of other
 kinds of motion and displacement than those which produce
 the phenomena of light and heat, and some of these may be
 of such a kind that they may be evidenced to our senses by
 the phenomena they produce.

 (このような構成を有する媒質は、光と熱の現象を生じる以外の他の種
 類の運動と変位が可能かもしれないし、これらのいくつかは、それらが
 生ずる現象による我々の感覚に対する証拠になるかもしれないような
 種類のものかもしれない。
)

と続け、Faradayの実験結果をもとに、

 Now we know that the luminiferous medium is in certain cases
 acted on by magnetisim; for Faraday discovered that when a
 plane polarized ray traverses a transparent diamagnetic medium
 in the direction of the lines of magnetic force produced by
 magnets or currents in the neighborhood, the plane of polarization
 is caused to rotate.

 (今、我々は、光学媒質がある場合に、磁気により作用されることを知って
 いる;なぜならば、Faradayは、偏光した平面が透過反磁性の媒質を近傍
 の磁石または電流によって生ずる磁力線の方向に運ぶとき、偏光面が回
 転を生ずることを発見したので。
)

とした上で、こんなことも書かれています。

 Now Professor W. Thomson has pointed out that no distribution
 of forces acting between the parts of a medium whose only
 motion is that of the luminous vibrations, is sufficient to account
 for the phenomena, but that we must admit the existence of a
 motion in the medium depending on the magnetization, in addition
 to the vibratory motion which constitutes light.

 (今、W. Thomson教授は、単なる運動が光学的振動のものである媒質の
 部分間で働く力の分配はその現象を説明するのに十分ではないが、我々
 は、光を構成する振動的運動に加えて磁化に依存する媒質内の運動の
 存在を認めるべきであることを指摘してきた。
)

どうですか?真偽は別として、極めて論理的・物理的考察がなされていると感じました。そして
MaxwellもThomson教授も、当初私は誤解していたのですが、周囲媒質"æther"を、ただ単に、
当時の科学界では普通の認識であったことから前提条件にしていたわけではなく、論理的合
理的にその存在の必然性を考えたことがわかると思います。
ギリシャ時代から、その存在が漠然と信じられていた"æther"、その割には直接検出できなかっ
たこともあり、Newtonもわからないと述べたと言われているように、その性状等は把握されてい
なかったのですが、19世紀になって、約1世紀続いたNewtonの「光微粒子説」が実験的に完全
に矛盾が見いだされて潰えて「光は波である」という概念が確定し、電気に比べて大きく遅れて
いた磁気についての研究がやっと、18世紀末頃から本格的になり、19世紀前半に得難い世紀
の実験物理学者Faradayの数々の電磁現象発見と深い洞察が、19世紀後半、W.Thomson教授、
Maxwellらによる理論的考察からこのように次第に解明されようとしてしていたのでした。
彼らの考え方の正否は別にして、こういう科学における史的事実はきちんと把握しておくべき
と思います。

一方、現在の物理学者を初めとして多くの方々は「真空="empty"」と考え、「エーテル」は昔の
概念だと信じ込んでおられ、そういう説明がなされてきました(私自身もそういう説明を疑いもし
てきませんでした)。ですから、少なくともMaxwellが提唱した1865年の方の「電磁界(電磁場)の
一般方程式(General Equation of Electromagnetic Field)」」は現在のベクトル解析法で書き換え
られたものは全て現在の電磁気学の教科書に掲載されているにも係らず、そのうち二つの式
を一つにしたものとそのままの一式の計3式のみ、現在「マックスウェルの方程式」と称せられ
ているものに含まれている以外は全てMaxwellとは無関係を装って別の導入で語られ、このオ
リジナル式に言及していないというかできないのはそれが理由であることは明白でしょう。
Heavisideの名前が隠されているのもそうですし、代わりにHertzの名前だけ出す方がいるのも
それが理由になっているのでしょう。なぜなら、Heavisideは数学家ですから、「数学的に書き換
えた」という事実があからさまになってしまい「ではオリジナル式は?」ということになってしまう
のに対しHertzは物理学者ですから、「物理学的」に整理したと言われれば、そこまで追及され
ることもなく真実を隠せるからです。
Maxwellのなした仕事の一部だけを切り取って来てMaxwellの業績と矮小化した上、真実を歪め
てしまっているわけです。やり方が姑息なんですよね(怒)。

ま、これは、"Holy Theory(神聖な理論)"("sacrosanct"-神聖で犯すべからず)扱いされている
SRTの創始者、「我らが神・Einstein」がMaxwellを高く評価していたことと、有名な1905年の論
文の中で、今「マックスウェルの方程式」と呼称されている四つの方程式群を"Maxwell-Hertz
equaitons"と呼称しているゆえのことでしょうね。
しかしながら、1905年のEinsteinの言動を見る限り、彼は恐らく1905年までの時点には1865年
の論文は読んでいなかったと思います。なぜなら、彼のMaxwellへの思い入れと、1905年の発
言(エーテル否定)との整合性が感じられないからです。

既に書いてきましたが、真の科学史を紐解くと、「エーテル否定の風潮」は「1905年にEinsteinが
SRTを発表したときにエーテルの存在を否定した
」ことに発しており、その前年にLorentzがあま
りにad-hocな"Lorentz Ether Theory"を出していたことへのアンチテーゼになったものと思われ
ます。その結果、19世紀までなされてきていた「エーテル研究」が急速に潰えてしまっただけで、
その存在を否定するような決定的実証観測試験があったわけではない
ことを知るべきです。
MM実験については「証拠にならない」根拠を繰り返し書いてきています(直近では続・相対性
理論への疑念(26)〜マイケルソン=モーリー実験 & Dayton Miller再び〜
参照)。
そして、何度も言及しましたが、不都合故に無視され隠されてきましたけど、当のEinsteinはな
んと1920年のLeiden大学における物理学コンフェランスではっきりと「エーテルの存在を肯定」
(電磁波を伝えるのに必要である、論敵だったLorentzにそれを伝えるとまで言明しています)
したという記録が残っている
のです。ひょっとしたらその後Maxwellの1855、1865年の論文を読
んだのかもしれません。

しかし、そういう20世紀物理学の風潮の結果がどうなっているか調べてみてください。

 ・電磁場って一体全体何なのか?
 ・なぜ真空中でも電磁場ができるのか?
 ・なぜ真空中でも電磁波が伝搬するのか?
 ・なぜ"empty"のはずの真空中で『マックスウェルの応力テンソル』なるものが
  存在するのか?


等に関して明確な公式的説明は何一つありません。万人が納得できる科学的メカニズム説明
のしようがないからです。

クーロンの法則に見られるように、電磁気については19世紀の初頭までは「遠隔作用説」で理
論化されて来たのですが、Faradayが自らの数々の実験からの深い洞察で、「場(field)」の概念
を示し、「近接作用説」概念を出しました。一方で「遠隔作用説」では説明困難な電磁気におけ
る力が位置だけでなく両者の相対速度が関与することをそれまで「遠隔作用説」で理論化して
いたWeber自身が発見してしまい妥当な理論的説明が困難になっていたこともあり、権威学者
のケルビン卿やMaxwellはFaradayの打ち出した概念に賛同し、そしてそれは「周囲媒体」の働
きによるものと考えたのでした。したがって、現在まともな説明がされていない上記に関して
らには何ら疑問がなかった
のです。

Maxwellらは、本来なら、すなわち今のようにタブー視されてしまってみて見ぬふりをするという
ような余計なバイアスがかかっていないのなら、当然、自然に考えられてしかるべきことを考
えただけです。前にも引用しましたけど、相対性理論反対者だったNikola Tesla

 Of properties we can only speak when dealing with matter filling the
 space. To say that in the presence of large bodies space becomes curved,
 is equivalent to stating that something can act upon nothing. I for one,
 refuse to subscribe to such a view.

 (特性については、我々は空間を充満する物質を扱う時にいう事ができるのみである。
 大きな物体の存在で空間が曲がるという事は、何かがなにもないものに作用できる
 ことを始まりとするのに等しい。私個人としては、このような見解に対して署名するこ
 とは拒否する
)

と『真空="empty"』として「重力場」を示したことを猛批判していましたが、素直に考えればTesla
の主張通りであり、何かがなにもないものに作用できる」というのは不合理かつ非論理
ではないでしょうか?当然このことは「電磁場」にも当てはまることです。Faradayにしろ、
Maxwellにしろケルビン卿(W. Thomson教授)にしろ、「電磁場」を考え近接作用説を是とした方
達は、ごく自然に「周囲媒体」の働きを想定したわけです。そして、Einsteinが「一般相対性理論
(GRT)」を発表したのが1915年であること、それからわずか5年後の1920年に公的な場で前述
のような驚くべき発言をしている−不都合故隠されてきて知らない方が大多数でしょう−ことを
考えると、海外サイトで目にした主張、GRTは実は「エーテル」(少なくとも「周囲媒体」)の存在を
元にして作り出されているというのは当たっている可能性もあります。ま、Dayton Millerの発表
の際にEinsteinがとった慌てふためきを見ると、これを完全肯定できないのですけど、それは
SRTが完全に物理学のmain streamになった後ゆえの人間的理由だったとも言えなくもありま
せん(言動を見ているとかなり矛盾したことをやっていますから)。

結局のところ、確固たる「完全存在否定実証観測結果」などなしで、1905年発表のEinsteinの
SRTに魅せられ彼のその時の言動から、20世紀物理学は単に「好き嫌い」だけで「エーテル」
を昔の概念だとして葬り去ってしまった(勿論、エーテルの存在はSTRと矛盾しますから。で
1920年に前述の発言をしたEinsteinはどう考えたのか疑問です。私がEinsteinに対して批判的
なことは、暴露されてきているように、ぽろぽろ前言と矛盾・乖離するような"change in mind"し
た発言をしているのに前言を明確に否定しなかったことです)というのが真相でしょう。
その結果、前述の四つの疑問には誰も答えず・答えられず−独自説はありますけど公的見解
ではありません−逃げていて、Maxwellのオリジナル論文には言及できず、Heavisideの名前
を隠し、今「マックスウェルの方程式」と称せられるものをいかにもMaxwellが創設したかのよ
うな(書き換え事実までは認めても前述のようにそれをHertzがしたかのような)虚構がまかり
通ってきているわけです。

ブロードバンドが定着し、世界から情報を得られるようになってきた現在、もう前世紀までのよう
な「隠匿」と「虚構」は通じなくなってきて、私らしがらみのない科学好きの一般下々からの科学
界を見る目が厳しくなってきている−科学者に対する信頼度が急速に低下しつつある−ことに
是非気が付いていただきたいものです−私のようなど素人の一般人から史実に反する「嘘」が
教科書に書かれているなんて大変失礼極まる指摘がなされてしまうことを恥と認識していただ
きたいものです。そして、学徒は教科書に書かれていて教えられていることに史実とは異なる
虚構が入り込んでいることを是非知っていただきたいと思います。ちょろっと海外サイト当たる
だけですぐにわかる時代です。


2.電磁誘導について

本題に戻ります。
前述のPART I INTRODUCTRYに続くPART IIは"ON ELECTROMAGNETIC INDUCTION
(電磁誘導について)
"とあります。

冒頭で、

 We may begin by considering the state of the field in the neighborhood
 of an electric current.

 (我々は、電流回路近傍の場の状態を考えることから始めてよい)

と書いているように、Maxwellは常に「場(field)」を考えて考察しています。
続いて、

 We know that magnetic forces are excited in the filed, their direction
 and magnitude depending according to known laws upon the form of
 the conductor carrying the current.

 (我々は、磁力は、それらの方向と大きさが、電流を通している導体の形につ
 いての既知の法則に応じてしたがっている場の中で励起されることを知って
 いる。
)

と述べていますが、ここに"magnetic force(磁力/磁気力)"という用語が出てきています。
"magnetic force"を「磁力」と訳しましたのは、後で、"line of magnetic force(磁力線)"と言
う現在でも使われている用語が出てきているからです。ですから、"force(力)"とありますが、
ニュートン力学的な力である「磁気吸引力」と言う意味でないことは明白です。
"magnetic force"についてはINTRODUCTRYでは

 It is true that the rotation by magnetism of the plane of polarization
 has been observed only in media of considerable density; but the
 properties of the magnetic field are not so much altered by the
 substitution of one medium for another, or for a vacuum, as to allow
 us to suppose that the dense medium does anything more than
 merely modify the motion of the ether. We have therefore warrantable
 grounds for inquiring whether there may not be a motion of the
 ethereal medium going on wherever magnetic effects are observed,
 and we have some reason to suppose that this motion is one of
 rotation, having the direction of the magnetic force as its axis.

 (偏光面の磁化による回転がかなりの密度の媒体内でのみ起きることは事実で
 ある;しかし、磁界の性質は、濃い密度の媒質が単にエーテルの運動を修正す
 る以上の何かをすることを仮定することが許されるので、一つの媒質を他[の媒
 質]または真空に置き換えてもそれほど変化しない。我々は、それゆえ、磁気の
 影響が観測される限りの場所でなされるエーテル媒質の運動があるか否かを
 問う保証できる基盤があり、この運動は、その軸として磁力(magnetic force)の

 方向を持つ回転の一つと仮定するある理由がある。)

と「磁力線(line of magnetic force)」と結びつけた説明がなされています。

また、「起電力(electromotive force)」との関係については、

 When a body is moved across the lines of magnetic force it
 experiences what is called an electromotive force; the two extremities
 of the body tend to become oppositely electrified, and an electric
 current tends to flow through the body.

 (物体が磁力線を横切って動くとき、起電力(electromotive force)と称せられる
 ものを感知する;物体の二つの端部は反対極に帯電される傾向があり、物体を
 通して電流が流れる傾向にある。
)

と述べ、起電力ついては更に、

 this “electromotive force” is the force called into play during the
 communication of motion from one part of the medium to another,
 and it is by means of this force that the motion of one part
 causes motion in another part.

 (この「起電力(electromotive force)」は、媒質の一部から他の部分へ運動を伝
 える間働く力であり、それはこの力によって、媒質の一部の運動が他の部分の
 運動を生ずるものである。
)

と述べています。勿論、次の1.1で示しているように、「力」とありますが、ニュートン力のことでは
ありません。現在でも日本語で「力」というのが付いている用語は色々ありますが、必ずしもニュー
トン力学的なものを指しません。しかも、英語では"force"がついていないものまで日本語では
「力」と訳されているものまであります。例えば「馬力」がそうですよね。英語では"horse power"
であり"force"ではありません。日本語では「電力」と称せられているものは英語では"electric
power"です。共に日本に伝えられた時、「力」と訳しているわけです。ま、「起電力」は英語でも
"electromotive force"となってはいますが、英語の"force"には「強さ」という意味もあり、そちら
のニュアンスで名付けられたものと思います。

1.1 電磁誘導の「動力学」とのアナロジーでの考察

上記に続いて、

 Now if the magnetic state of the filed depends on motions of the
 medium, a certain force must be exerted in order to increase or
 diminish these motions

 (今、もし場の磁気的状態が媒体の運動に依存するなら、これらの運動を
 増大したり減少させるためにある力が励起されなければならない
)

と書いています。ここでは"if"と書いていますけど、Maxwellは一貫して

 「場(filed)」は周囲媒体の運動により生ずるものである

という彼のhypothesis(仮説)を元にして論じています。

そして、上に続いて、

 when the motions are excited they continue, so that the effect
 of the connection between the current and the electromagnetic
 field surrounding it, is to endow the current with a kind of
 momentum, just as the connection between the driving-point of
 a machine and a fly-wheel endows the driving-point with an
 additional momentum, which may be called the momentum of
 the fly-wheel reduced to the driving-point. The unbalanced
 force acting on the driving-point increases this momentum,
 and is measured by the rate of its increase.

 (運動が励起されるときそれらは継続し、その結果、電流とその周囲の
 電磁場間の結合の影響は、機械の駆動点と駆動点に換算されるフラ
 イホイールの運動量と称せられる付加的運動量で駆動点に与えられ
 るフライホイールとの間の結合のように一種の運動量として電流を与
 えるはずである。駆動点に働くアンバランス力はこの運動量を増大し、
 その増加率で測定される。
)

として、「動力学(dynamics)」とのアナロジーに言及しています。ちょっと読んだだけでは私のよう
な凡人には理解しがたいですが。

接近しておかれた二つの電気回路には、Maxwellの使用している記号をそのまま使いますと
     (1) (一次側回路に対する)
     (2) (二次側回路に対する)
 ここで、
 ξ、η:Maxwellの用語では、それぞれ一次回路、二次回路の起電力(electromotive force)
 R、S :それぞれ一次回路、二次回路の抵抗
 x、y :それぞれ一次回路、二次回路の電流
 L、N :自己誘導係数(coefficient of self-induction)、それぞれ一次回路、二次回路の自己
     誘導
による。現在は自己インダクタンスと称せられている
 M   :相互誘導係数(coefficient of mutual induction)、一次回路、二次回路間の相互誘導
     による。現在、相互インダクタンスと称せられている
が成立します。
彼はこれらの方程式を、「機械の動力学」とのアナロジーを考えて導出しています。以下、概略
を示しておきます。
質量Cの速度wの物体Cが、二つの独立した駆動点A、Bで接続されていて、Aの速度uが
     (3)
Bの速度vが
     (4)
となるとし、駆動点A、Bに外力X、Yがかかったとき、Aの変位をδx、Bの変位をδy、物体Cの
変位をδwとすると、
     (5)
という動力学の一般式が成立します。これから、導出は省略します(Maxwellも詳細には示して
いませんが、きちんと式を追っていくと間違いなく導出されます)が、
     (6) (for A)
     (7) (for B)
となります。ご存知のようにニュートン力学の式より「運動量を時間で微分したものは力」であり
運動量は質量×速度」であることを勘案すれば、
運動量」ということになります。今、
     (8) 
     (9) 
     (10) 
とおきますと、(6)(7)式は、
     (11) (for A)
     (12) (for B)
となります。更に、それぞれ速度に比例する抵抗力があるとするなら、実際にA,Bに加わる力
ξ、ηは、
     (13) (for A)
     (14) (for B)
となります。これよりMaxwellは、

 This effect on B, due to an increase of the velocity of A, corresponds
 to the electromotive force on one circuit arising from an increase in
 the strength of a neighboring circuit.

 (このAの速度の増加によるBへの影響は近隣の回路の強さの増加から生ずる
 一つの回路に関する起電力に相当する。
)

と書いています。私のような凡人にはとても思いつかないことですが、(1)(2)式は実際の「物理
的概念」は異なりますけれども、u⇔x、v⇔yと対応させれば、形の上で(13)(14)式と同じ形になっ
ています。勿論、Maxwell自身も

 In the case of electric currents, the force in action is not ordinary
 mechanical force  

 (電流回路に置いては、作用する力は、通常の力学的力ではない)

と書いているように、(1)(2)式のξ、ηは(13)(14)式のξ、ηのようなニュートン力学で定義され
ている「力」ではなく、「起電力(electromotive force)」と称せられているもの
です。

Maxwellは続けて、

 the body moved is not merely the electricity in the conductor, but
 something outside the conductor, and capable of being affected by
 other conductors in the neighborhood carrying currents.
  In this it resembles rather the reduced momentum of a driving
  point of a machine as influenced by its mechanical connections,
  than that of a simple moving body like a cannon ball, or water
  in a tube.

 (動いた物体は単に導体内の電荷でなく、導体の外側の何かであり、電流を
 運ぶ周囲の他の導体により影響を受け得るものである。ここにおいて、それ
 は砲弾や管内の水のような単純に動く物体のそれというよりむしろ、その機
 械的結合によって影響されるような機械の駆動点の減少運動量[?]に似ている。
)

と述べています。"reduced moment"というのが調べてもよくわかりませんでした。
また、上記の「機械の動力学」とのアナロジーから、を「電磁運動量
(electromagnetic momentum)」と称していて、それはFaradayが述べた「電気緊張状態
(electrotonic state
)」と同じものであるとしています。共に現在の電磁気学では使用されて
いない用語です。こんな表現もしています。

 In steady currents the electromotive force just balances the resisting
 force, but in variable currents the resultant force ξ=Rx is expended
 in increasing the “electromagnetic momentum”

 (定常電流においては、起電力は丁度抵抗の力とバランスするが、可変電流にお
 いては、合成力ξ=Rxは「電磁運動量」の増加の中で消費される
)

あと、当然の話ですけど言及されていますので書き留めておきますが、この電磁誘導を考慮し
た二つの回路に対する(1)(2)式のL,M,Nに対して、「電磁場に置いて、L,M,Nの値は二つの回路
による磁気的影響の分布に依存していて、この分布は回路の形と相対位置にのみ依存して
いる。これより、L,M,Nは回路の形と相対位置に依存する量であり、導体運動と共に変化する」
と書いています。「相対位置に依存する量」というのはMですね。
これは機械系の動力学とは異なっている点です。
ちなみに、L,M,Nが時間微分の外に出ている式がよくつかわれますが、あれは回路の形及び両
者の位置関係が一定の時のものであり、一般的な式としては(1)(2)式のように時間微分の中に
入ります。Maxwellは言及していませんが、回路が鉄のような強磁性体の中に置かれている時
L,M,Nが電流によって変化します(電流が大となると小となる)。
尚、(1)(2)式におけるは現在、
「逆起電力」と称され、は「鎖交磁束」と称されています。「鎖交磁束」
というのは、からわかるように回路側から見た表現であり、磁界(磁場)
の「磁束」とは必ずしも一致しません。例えば、磁束の磁界(磁場)に直列に接続され同じ
形で回巻回されたコイル(coil)の鎖交磁束は、回路面と磁束が直交しているなら
     (15)
となります。

1.2 磁力線(line of magnetic force)について

次に"On Lines of Magnetic Force(磁力線について)"という節があり、「磁力線(line of
magnetic force)
」について論じています。
ここも図が全くなく、文章だけの説明の上英文ですので、凡才で英文読解力に劣る私は読み解
くのに苦労しましたので、私の解釈誤りがあるかもしれませんm(__)m

その前の節の終わりの方で「磁力線」の方向について述べているのですが、要点だけ示してお
きますと、「磁力線の方向」は

 そちら方向の回路には、起電力も発生せず、また、力の発生もない方向

であることをわかりずらく(?)説明しています。

図がないので、この節の最初のところで彼が何を言っているかについて自分で図を書いてみま
した。

 
          図1

磁力線を切る平面に等間隔の直線を描き、次に、これらの直線全てを横切る線を引き、更にそ
の線と交わらない線を次々に引いていけば、図1のようなメッシュができます。そこまで言及され
てはいませんが、その小さな一つの四角形を小さな閉回路と考えているようです。で、この一つ
の小さな四角形の"M"が1(unity)
となるようにするとしています。そして、このメッシュの全ての
交点から磁界(磁場)内を通る線を引けば、それは磁力線の方向となると述べています。
その上で、

 In this way the whole field will be filled with lines of magnetic force at
 regular intervals, and the properties of the electromagnetic field will
 be completely expressed by them.

 (このように場全体は一定間隔の磁力線で埋められるだろう、その電磁場の性質
 は完全にそられによって表現されるだろう。
)

と述べています。1855年の論文"On Faraday's Line"では、この一つのメッシュの小さな四角形
の4角を通る磁力線で囲まれた、この四角形を断面とする"fluid tube"(仮想流体が流れる管)
を考え、特に「単位」チューブ"unit tube"で論じています。それは、そうすることで方向だけでな
く大きさも与えられるという理由付がされています。限りなく管厚の薄い仮想的な"fluid tube"
を考えていてかつ断面が四角形ですから場全体を完全に網羅できるというわけです。

次に、「電磁場の性質は完全にそられによって表現される」理由がいくつか述べられています。
まず、、前述のように、その小さな四角形は"M"を1としていますから、

 If any closed curve be drawn in the field, the value of M for that curve
 will be expressed by the number of lines of force which pass through
 that closed curve

 (もし場内に任意の閉曲線が描かれるなら、その曲線に対するMの値はその閉曲
 線を通る力線の数で表現されるだろう
)

二番目に、

 If this curve be a conducting circuit and be moved through the field,
 an electromotive force will act in it, represented by the rate of
 decrease of the number of lines passing through the curve.

 (もしこの曲線が電流導体であって、かつ場を通して動くなら、起電力はその中で
 作動し、曲線を通る磁力線の減少率によって表現される
)

三番目に、

 If a current be maintained in the circuit, the conductor will be acted
 on by forces tending to move it so as to increase the number of lines
 passing through it, and the amount of work done by these forces is
 equal to the current in the circuit multiplied by number of additional
 lines.

 (もし回路内で一つの電流が維持されるなら、導体は、そこを通る線数を増加す
 るようそれを動かす力によって作用されるだろう。そして、これらの力によってな
 される仕事量は付加された線数を回路電流に掛けたものに等しい
)

四番目に、

 If a small plane circuit be placed in the field, and be free to turn, it
 will place its plane perpendicular to the lines of force. A small magnet
 will place itself with its axis in the direction of the lines of force.

 (もし、小さな平面回路が場に置かれ、回転自由とするなら、それはその面を力
 線に垂直になるように位置させるだろう。小さな磁石はそれ自身を、その軸とと
 もに、力線方向に位置させるだろう。
)

これは電磁気学を学ばれた方達には当たり前の話ですね。ただ、「小さな平面回路」「小さな磁
石」と言っていることには留意ください。
最後に、

 If a long uniformly magnetized bar is placed in the field, each pole
 will be acted on by a force in the direction of the lines of force.
 The number of lines of force passing through unit of area is equal
 to the force acting on a unit pole multiplied by a coefficient
 depending on the magnetic nature of the medium.

 (もし、長い均一磁化された棒が場におかれるなら、各々の極は力線方向の
 力によって作用される。
 単位面積を通る力線数は媒質の磁気特性に依存する係数を掛けた単位極
 に作用する力に等しい
)

とし、この「媒質の磁気特性に依存する係数」をMaxwellは「磁気誘導係数(the coefficient
of magnetic induction)
」と書いていますが、要するに今は「透磁率(permiability)μ」と称
せられているものです。

この「磁気誘導係数」という名前を見て思ったのですが、一般には"B"は「磁束密度(magnetic
flux density)
」と称せられていますけど、「磁気誘導(magnetic induction)」という呼称もあ
るようです(私の所有している1969年頃の教科書では「静磁界」という章で「磁束密度」という名
称に先んじて示されていました。日本語Wikipediaではこの意味での使用は書かれていません
でしたが英語版Wikipediaにはありました)。"B"を「磁気誘導」と呼ぶなら、μを「磁気誘導係数」
と称するのは整合性がありますね。ちなみに、「透磁率」というのは、"B"を「磁束密度」と呼称
すると物理的に意味がわかると思います。「透磁率」と言う用語は、明らかに「磁束の通しやす
さの比率」となりますから。
話がそれてしまいますが、以前、電磁気学で使用されている用語のことで気になり、誘電率と
透磁率
といういちゃもん記事を書いたことがあり今なおそう個人的には感じているのですが、
現在の説明ですと、

 電気:「電束密度」D−「誘電率(permittivity)ε」−電界(電場)の強さE
 磁気:「磁束密度」B−「透磁率(permiability)μ」−磁界(磁場)の強さH


が対応するような説明になっていますけど、そして、現在の英語表現が上のように

 日本語    英語
 -------------------
 誘電率  permittivity
 透磁率  permiability


と共に"per-"という接頭語がついていますけど、どうも日本ではεは「誘電率」で統一されてい
ますが、欧米では未だ一本にはなっていない感がします。私の所有する教科書は古いためか、
英語は"dielectric constant"となっていますけど、海外サイトをググっていましたら、この呼称し
か知らず"permittivity"なんて知らんと言っていたアメリカ人の方がいましたので比較的新しく
作られた呼称かもしれません。ま、"dielectric constant"なら「誘電率」という和訳は納得できま
すけどね。それはともかく、日本語表現だけを見た時、「誘電率」と「透磁率」が対応すると言わ
れたとき、何か「違和感」を覚えないでしょうか?確かに式の上では、
     (16) 
     (17) 
となりますけど、εは「電束の通しやすさ」ではないんですよね。
実は"D","B"に古い名前を適用して、

 電気:「電気変位(electric displacement)」D−「誘電率(dielectric constant)ε」−電界(電場)の強さE
 磁気:「磁気誘導(magnetic induction)B  −「磁気誘導係数(permiability)μ」−磁界(磁場)の強さH


とするなら、物理的概念の対応性が出てくる気がします。
前の記事では、私は、

 「磁束密度」B−「透磁率(permiability)μ」−磁界(磁場)の強さH

というのは、電気の場合なら、

 「電流密度」J−「導電率」σ−電界(電場)の強さE

という関係に物理的にマッチしているのではないかと指摘していました。こちらはJ=σEですか
ら。くだらん言いがかりだと言われてしまいそうですけどね(^_^;)

ちょっと話が脇道にそれてしまいました(^_^;)。続けます。
驚きましたが、もうその当時、結晶体、歪がある物体などでは透磁率は等方的ではないことや、
鉄などでは「磁化の強さが増加するにつれて低減する」ことなどが実験的にわかっていたよう
です。

(続く)

 ('17/7)

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