抱腹絶倒な京極夏彦作品(’17/12)


京極夏彦作品については、京極夏彦作品京極夏彦作品Aという記事を書いていますが、最近、
区の図書館から「探偵小説『百器徒然袋』雨」というのを借りてきて一気に読みました。
「鳴釜 薔薇十字探偵の憂鬱」「瓶長 薔薇十字探偵の鬱憤」「山嵐 薔薇十字探偵の憤慨」とい
う中編のもの三つが納められた講談社NOVELSです。

裏表紙には、「救いようも無い八方塞がりの状況も、国際的な無理難題も、判読不能な怪奇現象
も、全てを完全粉砕する男。ご存知、探偵・榎木津礼二郎!「下僕」の関口、益田、今川、伊佐間
を引き連れて、さらには京極堂・中禅寺秋彦さえ引きずり出して、快刀乱麻の大暴れ!不可能状
況を打開する力技が炸裂する三本の中編」
」と書かれていて、私の興味を引きました。
おっ!今回は、榎木津探偵が取り仕切る話かと・・・

「薔薇十字探偵」というのは、京極作品の主役級で出てくる榎木津礼二郎探偵のこと。
人の話は聞かない、調査もしない探偵。彼の異常体質である「他人の記憶が見えてしまう」榎木
津礼二郎、榎木津元子爵で成功した実業家(同じく変わり者であることは「瓶長」で述べられてい
る)の次男坊、帝大卒、男も振り返る絶世の美男子。持ち主である神田神保町古書店街にある
榎木津ビルディング3階にある「薔薇十字探偵社」という事務所に住んでいる。

私が「抱腹絶倒」とタイトルで書いたのは、実にこの榎木津探偵が放つ、彼の言う「下僕」達に対
する罵詈雑言の数々・・・それに腹を立てながらも怒れない人達またはなぜか私淑していまって
いる人達。もう一人の、事件解決をまとめ上げる主役級−古本屋「京極堂」主で拝みやの中禅
寺秋彦を含め、榎木津探偵を取り巻く「愉快な?人物群」。

本作品は、それらには出てこない新たな人物(「僕」として語る)が偶々彼らに出会って奇想天外
な事件の顛末に「薔薇十字探偵団」一味(笑)のわき役として巻き込まれてしまった物語の語り部
としてのお話です。で、なぜか彼の本名は出てこない・・・

最初は姪(15歳年上の姉の娘)の受けた輪姦被害に対する理不尽さに関して、配線工だった「僕」
が屋根から落ちたときのけがから配線仕事ができなくなり、三年前、東北の湯治場で湯治してい
たときに知り合った大河内康治からの推薦があり、依頼人として初めて榎木津探偵に出会い、そ
して事件の顛末に巻き込まれてのこと(「鳴釜」)でしたが、その出会いから、榎木津探偵の言う
「下僕」になってしまって、榎木津探偵と中禅寺秋彦の事件解決に巻き込まれて、語り部になって
いるものです。

出てくる「愉快な仲間達」・・・薔薇十字探偵社の秘書・お茶汲み兼お守り役?和寅(かずとら)、元
刑事で勝手に探偵助手になっている益田龍一(名前を覚えようとしない榎木津からはいつも「ま
すやま」と呼ばれてしまっている)
。最初の「鳴釜」では、不在の榎木津に代わって依頼話を聞き、
元刑事ゆえ早速、不明だった犯人たちの名前を探り当てた益田、そして「かずとら」と再度探偵社
を訪れた「僕」の三人が解決策をあれこれ話し合い、益田が「僕はねぇ、中禅寺さんに頼んでみよ
うかと思っている」−そして、彼らの言う解決策「謝罪させる」ということに苛立ちが芽生えていた
「僕」の前に、「馬鹿か、お前達は」と部屋中に高らかと響く声で現れた榎木津、「そうだ!僕だ。お
待ちかねの榎木津礼二郎だこの馬鹿者」。そして、益田に向かって、「わはははは。マスヤマ。お
前は愚かで下僕の偏執狂だ。何をうじうじくだらないことを。このバカオロカ!」と。
で、「僕」はといえば、暫し放心してしまって・・・何だか−この世のものとは思えない、物凄く非常識
だ。まるで鑼でも叩いたかのように鳴り物入りで登場するや、高圧的な罵倒語を間抜けな口調で
高らかに捲し立てる−その行為自体も凄いと云えば凄いのだが・・・その半ば常軌を逸した行動
と容姿の落差に気が付く。

そういう設定の榎木津礼二郎探偵。その言動は、私にとってはタイトルに示したように抱腹絶倒
なんです。本当に素直に「面白い!(^^♪」。ましてや今回は中心的主人公です。彼が「下僕」と
見下しているわけわからず巻き込まれる「僕」を含む連中と事件の顛末を終わらせる中禅寺秋彦
を使って、企んでのまさに、「不可能状況を打開する力技が炸裂する」三作品で、私としては十分
楽しめました(^^♪

しかし、榎木津の暴言は実に面白い・・・例えば、「偉くはないですがね。それが現実でさぁ」と言う
かずとらに「馬鹿者。この僕に平伏さぬ者がどこの世界にいると云うのだ。この世に生きとし生け
る凡百(あらゆる)者どもは悉く僕に帰依するのがこの世界の決まりだ!僕は誰にも頭を下げない
が僕に頭を下げぬ奴は誰もいない!」と・・・榎木津にとって、探偵である自分は「神」なのです(笑)。
(この作家は、難しい漢字を多用されています。「凡百(あらゆる)」なんて知りませんでした(^^;。
「言う」でなく「云う」ですし・・・)
だから、「何が無茶なものか。公の基準など洟をかむ目安もならんぞ。みんなの意見を平等に聞い
ていたら寝るしかないし、ただ寝てるだけで不満爆発だ。絶対的基準は個人の中にしかないのだ。
だから一番偉い僕の基準こそこの世界の基準に相応(ふさわ)しい。探偵は神であり神は絶対であっ
て一切の相対化はされない!」なんて臆面もなく宣うのです。

そして、「よし。今回は僕の仕切りだ!いつも手伝わされているから京極の本屋にも手伝わせよう。
そこの人!一緒に来なさい。バカオロカも来い。面倒臭いから事情を説明しろ。神の裁きだ!」と
互いに口にすれば悪口を言い合っている榎木津と中禅寺。結局はこの二人がいて奇想天外な事
件が謎を暴露して解決してしまうのです。本三作品はすかっとしますね(^^♪

ちなみに、榎木津は旧制高校時代の中禅寺の一級上での古いつきあい。どうやら大河内はその
中禅寺と旧制高校の同窓生だという設定でした。
以上は、最初の「鳴釜」のお話ですが、仲間の一人、カストリ本「月刊実録犯罪」編集者の鳥口が
大団円で出てきています。輪姦首謀者の男の父親である事務次官の大スキャンダル事件解決が
伴っています。

「瓶長(かめおさ)」は、互いに仲は悪くはないのですが、信用しあっていない榎木津の父親の依頼
に関する話で、「僕」はたまたま、前回の事件解決のお礼に訪れてまた、巻き込まれてしまうお話
です。ここには、やはり「一味」(笑)の一人、 「マチコ」=今川雅澄が出てきます。
榎木津は、「僕」を彼に、「この人はいつかどこかであった何とかと云う名前の人だ」と紹介。名前
をまるで憶えない榎木津です。ですから、でたらめな呼び方を次々に変えてします(笑)。
「門前仲町君」すぐ後では「北紋別君」・・・。前の作品でも、「赤城山君」とか「郡山君」とか・・・。
で、仲間も影響を受けてしまっているのか、勝手に例えば「河川敷砂利彦」と紹介したりで(笑)
そして「僕」が事務所に来た時、丁度、榎木津が指さして「おまえのことだこのぐぶぐぶ魔人」と罵
倒していた、「僕」がその顔に奇妙さを抱いた今川のことを、「わははははは。その男は北九州の
古墳から出土した土偶の一種でマチコさんと呼ばれる気持ちの悪い馬鹿だ。御覧の通り口許に
締まりがないから、長く喋っていると口の横に泡が溜まってとても汚らしいのだ。ぐぶぐぶ云うか
ら見るがいい!」と罵倒語で紹介します。今川は骨董屋「待子庵」の主人。榎木津の軍隊時代の
部下でした。
その会話の中に、その「一味」というか、榎木津と中禅寺から馬鹿にされまくって見下されてい
る小説家の関口巽の話題が出てきます。旧制高校時代の中禅寺の同級生ですが、中禅寺から
は、「単なる知り合い」として「友人扱い」されていない、榎木津らから「壊れてしまっている」とぼ
ろくそに言われている・・・怒りながらもいいかえせない関口。そんな関口のことを榎木津は「猿
男」と罵倒していて、今川は、「関口さんは、この人に苛められるためだけに親交を結んでいる
ような、奇特なご仁なのです」と説明したのに対し、榎木津は、変な顔をして何を失礼なことを
言っているのだこの馬ネズミと罵倒。馬鼠−普通は考えつかぬ罵倒のセンスであると「僕」の独
白。関口は「山嵐」で「僕」の前に登場します。
榎木津は「僕」に関口の面前で関口について「君はサルと知り合ったな!そうかぁ。どうだ、こ
の男、馬鹿でしょう。だが、人と思うから馬鹿に見えるのだ。サルだと思えばこれは物凄いこと
だぞ。喋る天才ザル!下手だが字も書ける!」とめちゃくちゃな罵倒語で紹介しています。もう
云いたい放題ですが、関口はただ、「ううう」
「山嵐」では、やはり「一味」の釣り堀屋の伊佐間が出てきます。やはり榎木津の軍隊時代の部
下だそうで・・・そこでも榎木津の罵倒ラッパ。
「わはははは、馬鹿だ馬鹿だ・こんなところに馬鹿がいるとは思わなかった。しかもこんなに沢山
いるじゃないか!ん?そうか。ここは馬鹿の家なのか。なぁんだ、知らず知らずのうちにこんなと
ころまで来てしまっていたぞ!道理で爺臭いと思った。生きていたのかこの老人河童男!老衰
の具合はどうだい」と。で、伊佐間はうんざりした顔で、うん−と云った。要するにこの人も下僕
だったのだ−「僕」の独白。「僕」は益田とここに来ていた・・・

中身の物語自体より、こういう罵倒ラッパの榎木津が自らとりしきった探偵譚が面白かったので、
この一文を書いてしまいました(^^;

                             (’17/12)

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