ニコラ・テスラ〜なぜ不当な扱い?(4)Radiant Energy

穴があったら入りたい気分です。すごく恥ずかしい〜(^^;。本当に私って、ちょこっとだけの聞
きかじりでTeslaを論じて来たようです。肝心のTeslaの研究の大本たる基本的概念について
全く知らないままであって、それゆえいくつか思い違いをしてしまっていたことを知りました。

偶々、Nikola Tesla〜哲学と目指したこと@Nikola Tesla〜哲学と 目指したことBの元ネタ
である1900年発行のPaper"The Preoblem of Increasing Human Energy"がlinkされていたサ
イトFree Energy/Nikola Teslaのふと上の方を見ましたらLecture on Tesla's Radiant Energy
というのがLinkされていました。「何だろうか?」と思って読んでみました。
そこでは、alternativeエネルギー技術の教育、研究、発展に35年以上の経験を持ち、Tesla
専門家として国際的に認められているというPeter Lindemannと言う方が、2006年7月10日、
Nikola Teslaの生誕150年祭があった年のTeslaTechがホストとなった技術協議会でプレゼン
された内容の概要紹介であり、ここで私は初めて"Radiant Energy"という言葉を目にしまし
た。

で、よくわからなかったため、"Radiant Energy"で検索してみました。その結果が冒頭で述べ
たことでした。時期的な面でも全く間違って思い込みしていたようです。私が「世紀の変わり
目から」と思っていた、結局、アカデミア科学のmain stremに無視され忘れ去られてきた異端
的研究というのは、それより前にTesla自身が実験観測の中で発見した「Radiant Energy
(ラディアントエネルギー)
」に基づくものであったということを知ったわけです。
ぴったりくる和訳がないので、そのまま「ラディアントエネルギー」と書きましたが、これは、日
本語サイトフリーエネルギー技術開発の特徴と種々相というところにこの名前が記されてい
たゆえです。

何度も書いていますが、私自身はalternative scienceに抵抗感とか拒絶感など全然感じて
いない輩ですが、それでも「フリーエネルギー(free energy)」という言葉だけは、何か、「永久
機関」とか「無から取り出す」などというものを論じられる方々がいるゆえ、さすがの私も抵抗
感があってほとんどアクセスしたことがなかったのですけど、上記日本語サイトはそういうも
のを排除した異端的ではあっても西洋ではアカデミア科学者の中でも関与・研究されている
方達もおられるということで唯一お気に入りに登録だけはしているところです(まだほとんど
読んではいませんが(^^;)。ま、多分に、習い覚えた「アカデミア正統科学」だけが正しいと思
い込み、まともに読みもしないで、異端説を頭から全否定して、アカデミアmain stream権威
の忠実な僕に成り下がっている大半の"Self-Skeptic"(ほとんどは"Pseudo-Skeptic")が一
緒こたにして全否定し嘲笑罵倒していますので引いてしまいがちですが、そもそもの"Free
Energy"というのはまともなalternative scienceだと知りました。

おっと、また、話が脇道にそれてしまいました(^^;。
さて、"Radiant Energy"で検索した中に、Educate Yourself / Radiant Energy:Unraveling
Tesla’s Greatest Secret
という記事がありました。"by Ken Adachi, Editor"と署名があります
ので、どうやら、著者は在米日本人か日系米国人の方のようです(違うかもしれません)。
実は、この記事を読んだことで、いくつものこれまでの自分の思い違いを知ったのでした。
その主なものは、

 @現在、『テスラコイル(Tesla Coil)』の名前で呼ばれているものは、実は
  Teslaが1892年の論文で言及していた"Tesla Transmission"とは別物
  であること
 ATeslaはACの発明者であるので、彼の実験研究はHigh-Frequency
  High-Voltage 'AC'"の探求とそれに基づくもだと思い込んでいたけど
  実際には、1889年以降、AC研究の追及に興味を無くし方向転換して
  いたこと
 B"Tesla Wave"と言われたりする「縦波」は"longitudinal electric wave"
  であったこと


それぞれは簡単に後述するとして、まず、この記事には冒頭で注釈があり、前述のPeter
Lindemannと言う方が2000年12月、Irvine, Californiaにおける内謁の前で発表した論文(そ
の講演の題名は"The Free Energy Secrets of Cold Electricity")からの引用であると断って
います。また、その注釈記事の中には、dwin Gray、Gerry Vassilatos、Eric Dollardの名前が
出ています。記事の中では、

Edwin Gray:100%を超える効率のモータに成功した人、1973年にデビュー
Gerry Vassilatos:「冷戦の技術の秘密」で[Teslaの]ラディエントエネルギー
         の発見に関する探究の仕事のこと[Teslaのこの発見に対す
         る]称賛を述べている
Eric Dollard:TeslaによりColorado journalにおいて記述されたのと厳格に
       同様に1986年ラディアントエネルギーの純粋な蒸気白色光を
       再現した唯一の人

とあります。Eric Dollardと言う方のことは、日本サイトのどこかのブログで確か写真付きで目
にした覚えがあります。多分にお三方共、Free Energy/Nikola Tesla研究者の間では有名な
方々だとは思いますが、私は不案内でした。このうち、Gerry Vassilatosと言う方は、どうやら
忘れ去られた形になっていたこのTeslaの"Radiant Energy"を見つけ出してきて最初に世に
問うた方のようです。The True Story of Tesla’s Greatest Discovery Radiant Matter という
サイトに少し紹介がされていました。誤訳かもしれませんが下手な訳をつけておきます。

 Vassilatos was know to be a researcher of epic scope and thoroughness.
 Before the New York Public Library was drained, neutered and outright robbed
 of it’s old work Vassilatos combed through it’s halls and extracted tomes
 of works not known anywhere else. Documents in middle english that used the
 old notation system from the 1700’s still remained and works now long banned
 and archived away graced his eyes. We owe an immense debt to Mr. Vassilatos.

 (Vassilatosは抒情詩的視野と完璧さの研究者として知られていた。
 NewYorkの公立図書館がその古い仕事について流出し、去勢し、あからさまに奪
 い取る前、Vassilatosは会館中をくまなく探索し、他のどこでも知られていない仕事
 の大きな本を引き出した。1700年代からの古い表記法を用いた中期英語の書類
 はまだ残っていて、今では長く禁止され保管されていた仕事は彼の目を見張った。
 我々はMr. Vassilatosに莫大な恩恵を受けている。)


NewYorkの高校の科学の教師だそうです。
さて、記事によれば、Teslaは1889年に、この"Radiant Energy"を発見したそうです。それは、
1887年にHertzが予告し、実験観測を行って発表した「電磁波発見」に対し、再現実験を試
みた中でのことだったようです。そして、1892年12月に3年間の実験研究を元にして、論文
"The Dissipation of Electricity"を発行しました。ところが、当時のアカデミアは完全に彼の
論文の重要性を理解し損なってしまい、Oliver Lodge卿のような著名な科学者はTeslaが、
今日までTeslaコイルと誤って命名され誤って解釈されて残されているTeslaトランスの動作
における高周波電気に言及しているものと誤って考えたそうです。
あまりにも「新規」すぎて、当時のアカデミア科学界は権威さえも「案が無かった」ということで
しょうね。おっと、ここに「今日までTeslaコイルと誤って命名され誤って解釈されて残されてい
るTeslaトランス」とあります。そう、私を含め、多くの方達は、「テスラコイル」はTeslaが発明
したもので「高周波・高電圧発生トランス」だと考えていますが、Teslaの発明したものは全く
別物だったようです。「トランス(変圧器)」は「電磁気学」による機器ですね。しかしTeslaのも
のはそれとは全く原理が違うようです。同じようには動作しないと・・・

この時Teslaが打ち出したものは、19世紀にほぼ確立した「電磁気学」だけでは全ての電気
現象を表すことはできなくて、他に見過ごされてしまっている世界があるよということだったみ
たいです。ですから、確立した「電磁気学」で全てが説明できると思い込んでい来たアカデミ
ア科学main stream権威には理解できなかった・今でも理解できないものと思われます。そし
て折角のその機会があったのに、純粋な科学的なものではない世俗的なことで奪われてし
まったのです。19世紀後半下四半期における科学の三英傑James Clerk Maxwell、Herman
Von Helmholtz、Heinrich Hertzの名声があまりに高く、天才Teslaの発見は異端過ぎたわけ
です。たとえば、Maxwellは波動仮説として2種類"longitudinal electric wave"、"transverse
electromagnetic wave"を考えたのですが、検討の、結局、前者はありえないとして捨てて
後者だけを取り、更に、Hertzはそれを観測で見出したと発表し、ここに「電磁波」という概念
が公式に成立しました。

で、Teslaは前述のようにこのHertzの再現実験に取り組みました。しかるに、Hertzの実験時
のパラメータに忠実に但し慎重に注意深くやったところ「再現しなかった」のでした。で、Tesla
はHertzのやった実験観測には不備があることを把握し、ドイツに出向いてHertz本人に面談
し、そのことをプレゼンしたそうです。その時、HertzはTeslaの指摘に同意し、自分の発表を
撤回することを計画したようですが、諸般の外乱・思惑から結局、そのままになってしまった
ようです。科学の世界が純粋に科学だけの世界だったら、20世紀科学は全く違っていたかも
しれません。しかしながら、こんな話は「正統科学史」では全く出てきませんよね。ちなみに、
このときは、かのMaxwellは既に10年以上も前に若くして40代で病死されていました。生存
していたら、どういう態度をとられたか・・・Maxwellにしろ、Hertzにしろ、ただの理論物理学者
ではないゆえに強くそう感じています。ま、Maxwellが出したhypothesisとしての「横波電磁波」
でさえ、このHertzの実験観測結果発表があるまで無視された形になっていたと聞いていま
すから時期が悪すぎたのかもしれませんね。

とにかく、先にぶっちゃけておきますと、Teslaの"Radiant Energy"というのは19世紀に学問
的に確立された「電磁気学」の外にあるものでした。
上記で、Maxwellのは"transverse electromagnetic wave"(横波電磁波)と書きましたが
Teslaのは"longitudinal electric wave"(縦波電気波)と書いたのはそういうことです。

20世紀に入ってからのTeslaは次第に物理学界では異端者扱いとなり、一般には言わば
発明家であるが「とんでも科学者」"mad scentist"として扱われるようになりましたけど、今も
電気工学の世界ではIEEEの賞や、磁束密度のSI国際単位にその名が残されているのは、
一重に、世界がずっと恩恵を蒙って来た「AC」の発明ゆえであり、だからこそ、皆、Teslaが
その後やってきたのは、"High-Frequency and High-Voltage 'AC' Elecric"の追及であったと
思い込んできた(少なくとも私はそうでしたし、テスラコイルに対する思い違いは一般的ですか
ら多分に多くの方達もそうではないかと思うのですが)のですけど、それは全然間違っていた
のでした。その原点の論文が前述の1892年の"The Dissipation of Electricity"だったという
ことだそうです。そして、その頃、すでにTesla自身はACに関するそれまで以上の研究には
興味を無くしてしまったようです。じゃ、あれは何?Colorrado Springsにおける"Magnifying
Transmitter"って何なの?ですよね。

そもそも、Teslaはそこに考えが至る前段があったのです。当然、前述のHertz実験の再現実
験の中でもそれが追加されて行われています。 「天才」Teslaゆえの他人とは目の付け所が
違う問題がACが一般的になる前のDC全盛時代にあったのでした。
記事では"DC Anomalies"という小見出しで述べられています。
DCは電線の抵抗による電圧降下のため、末端まで十分な電圧・電流を供給するために勢い
発電電圧の高圧化や、途中でブーストする中継所が必要でした。しかし、元でスイッチを入
れる瞬間、青色のスパークが出るという現象があり、時に、電線・機器付近にいる人の体を
通して大地との間で放電電流が流れ、人を死に至らしめることさえあったのでした。
で、科学界は皆、その消去または減少化というエンジニアリング的研究をしていたのに対し
Teslaは「なぜ起きるのだろうか?」という原理的な方に興味を持ち研究をしたようです。
DCが定常電流になると止まるということは電子の移動によるものではないと・・・
彼は、それを強力な、まだ知られていないエネルギーによるものだと考えたのでした。

しかしながら、やはり、「時期が悪かった・・・」。"Tesla, Genius Out of Time"という小見出し
の記事がありました。既に書いてきましたが、Teslaは"Ether(現在はAetherと表記)"を基本
においていたのです。しかしながら、1887年の"Michelson-Morey Experiment"がそれまでの
"Ether"論議に水を差し、1905年のEinsteinの"Special Relativity"の発表が決定的になって
しまい、尚、事実は特に実験科学者においては"Ether"研究に拘った方達(当然、反相対性
理論学者でしたが)がいましたけど少数派になり、「エーテルなど存在しない」というのが
真実みたいに喧伝され、"Ether"研究はたちまちのうちに途絶えてしまったようです。
しかしながら、Teslaは確立した電磁気学では説明が付かない"radiant Energy"を実験観測
の中で発見し、先にそれを"Ether"すなわち、真空中でも存在する特別の「媒質」に起因す
るものであると喝破していたのでした。
テスラが発明した1892年の論文で言及していた「テスラトランス」というのは、ですから電磁
学におけるACトランスとは違い、

 「交流電流により作られた電磁誘導では動作しなかった。それは
 電気ポテンシャルの急放電と偏在するエーテルからの運動ラディアント
 エネルギーからの連続開放に基づく全く新しい領域

 で動作した。


としています。
したがって、Teslaが実験に使っていたのは、AC電源ではなく、「急峻パルス電源」であっ
たということでした。Colorado Springsにおけるあの沢山の雷光のような空中放電の中で一
人Teslaが平然と座っていますけど、あれは"Magnifying Transmitter"電源として「急峻パル
ス電源」が用いられていたということです。そして、Teslaが実験的に示したのは、彼の発見
した「ラディアントエネルギー」でしか説明できないものだったということです。

実験物理学者・電気工学者・発明家であるNikola Teslaは実験観測結果に基礎を置いた沢
山のパテントを有していました。すでに書いたように、結局、ラジオの基本特許はマルコーニ
ではなくTeslaのものであったことが国の機関とマルコーニの間での長期特許審判の結果判
定されているくらいです。その技術が無視されているTeslaの「無電線送電」もちゃんと模型実
験装置を特許庁に持ち込んだ上でパテント取得しています。

記事には、

 Teslaは、彼の理論を確定しそれ自身を表現するラディアントエネルギーに必要な
 特殊の条件の理解を純化する多くの実験を行った。彼はその後、1899年にコロラド
 のColorado Springsで行った大規模な実験とともに彼のNew Yorkの仕事を拡大した。


とあり、更に、既に"The Preoblem of Increasing Human Energy"に明確に見られるように、
人道主義者のTeslaは、

 彼の仲間と共にこのずば抜けた発見を分かち合う以上のことを望んでいた。

わけで、それがあの巨大なWardenclyffe(Shoreham,Long Island)だったわけですが、Morgan
が財政援助の継続を拒否したため、未完成で終わってしまいました。
どうやら、最初は、ラジオ市場を独占していたマルコーニに対抗して参画したいという意向
で財政援助をしたらしいのですが、追加投資が必要になって、それまではっきりと言わない
でいた(そもそもTeslaの考えには経済的な点で拒否反応をしていたようです)目的を明確化
したときのことでした。それは、Teslaの科学が、「1電線方式(retuenなし)でかつその電線と
して大地を用いる」という考えの物だったからです。Teslaは大地のどこに棒をさしてもすぐ
に電気パワーを得られるという想定をしていたからです。それでは「電気代」というような経
済的儲けが出てこない故だからだったようです。

ま、大局的見地に立った研究資金援助するような民間人・民間団体・民間会社など滅多に
ないのは仕方がないことだったんでしょうね。国家予算だって同じなんですね。

Teslaが科学界で孤立していたゆえそれを後世の人間がとやかく怒ってもせんがないことで
しょうね。しかしながら、見ていますと科学界の視野が狭さは綿々と続いていて同じような本
来人類にとって何が大切かを結果的に無視してしまうという「ためにならん」体質は我慢なら
んです(怒)。どれだけそうやって機会損失をしてきたか・・・

 ('16/9)

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