線路好きが高じてきています(21)/(改訂追記)('18/2・20/9)

----------------------------------------------------------------------------------------------------
今回もずっとやっている「線路が好き」という私の全てネットから得た情報のヨタ話で、アメリカの鉄道のいわば「紙上旅行」
(というか、google map/google earth/YouTube画像での机上鉄道旅)です。
----------------------------------------------------------------------------------------------------


線路好きの私は未だに飽きもせず、google earth/mapでアメリカの線路を眺めています。

アメリカの大都市は複数の貨物ヤードがあることが多く、その分、線路も複雑に多数あるため、線路好きの私には魅力的で
す。そういうのは、横から見るより、やはり上から見ないと実態はわからないゆえ、紙上旅行(私の場合は画面上旅行ですが)
を楽しんでいる私にはぴったり。無料で居ながらにしてできますから(笑)。

そういう都市の中で、前にChicago, IL〜Emeryville, CA(サンフランシスコの連絡駅)のAMTRAKの"California Zephyr"が通っ
ているコロラド(Colorado)州最大の都市のデンバー(Denver)におけるこのAMTRAK路線を調べて記事にしたことがありまし
た(⇒線路好きが高じてきていますG)。それはDenver Union駅は途中駅なのに行き止まりホーム式の駅でありながら、機関
車付け替えなしで、WestboundもEastboundも機関車headゆえ、駅に入るのはバック入線になるため、どういうルートで駅に
近づき、どこからバック入線になるのかに興味があって調べたゆえでした。幸いYouTubeにヒントになる映像があり同定で
きましたが、WestboundもEastboundも共に別々の貨物ヤードを抜けてくるので私にとっては推理するのが面白かったので
した。

今回、このDenverから南方向に出ている線路が気になり調べてみることにしました。一つには、Coloradoは前述のAMTRAK
の"Caliornia Zephyr"以外に、南部の方を同じくChicago, ILから出ている大陸横断のAMTRAK(Chicago, IL〜Los Angeles,CA)
の"Southwest Chief"が通っていることを既に知っていて、州の北部にあるDenverとこの線との間には鉄道があるかを知り
たかったからでした。

結局、調べていて別のわくわくするような情報に接しましたので、この記事はそれに関するものです。

Denverから南下している鉄道線は貨物列車専用線です[*]。YouTubeに映像がないかと検索してみましたら、"Joint Line"
という名称が出てきました。それでgoogle検索をしてみて、この線に関する興味深い鉄道史を知ったのでした。

"Joint Line"というのは、Denver, CO〜Pueblo, CO間を指しているようです。で、この名前は鉄道史と関係しているも
のであることを知りました。当初勘違いしてました。というのは、この線は現在、主として、アメリカ最大手の二つの鉄道会社
"UP(Union Pacific)"と"BNSF"が貨物列車を走らせているからです。

しかし、歴史的にはこうでした。このDenver〜Pueblo間は、19世紀の後半、当時幅を利かせていた鉄道会社の、"D&RGW
(Denver and Rio Grande Western Railroad)
"が先に1870年代に鉄道を敷き、後から同じく当時幅を利かせていたラ
イバルの鉄道会社の、通称"Santa Fe railway"(正式名称:ATSF(Atchison, Topeka and Santa Fe Railway)が1885〜1887
年に路線を敷いたのですが、地の利の良い所は先行のD&RGWが占めていて、後発のSanta Fe railwayは3か所で高架で
のオーバークロスを強いられるなど不利な面もあったようです。これらとは別に、前身が"Denver & New Orleans"の"C&S"
という会社がDenverからPerker, COを通りCastle Rock, COを通って、東の方から途中のColorado Springs, COに入りもっと
東の路線を開設していましたが、1920年代になって、ビジネスセンスから先にこのC&SはSanta Fe railwayとの合意契約をし
東側過ぎて営業的に不利な路線部分を捨てました。そして、次には、D&RGWとSanta Fe railwayの契約合意があり、上下線
でうまく両者の線路を使い分ける(したがって前述のSanta Fe railwayの高架オーバークロスは廃止された)ことになったのでし
た。どうやら、"Joint Line"という名前はその合意で生まれたもののようです。いずれにしろ、当時はまだ旅客輸送がなされて
いたゆえのことでした。Wikipediaにその昔の頃のD&RGWの旅客列車路線図がありました。DenverとPuebloの位置を追記し
ておきました。

 図1 昔あった鉄道会社D&RGWの昔の旅客列車路線図(〜Wikipediaより)

Santa Fe railwayという名称は、その後、親会社が"Southern Pacific"という会社を買収したとき、その名の方が有名という
ことで消えました。私の誤解かもしれませんが、確か"Southern Pacific"は後にUPに買収されたはずです。
一方、D&RGWの方は最高経営者の体力の衰えと株価低迷などがり倒産、他の鉄道会社を吸収してのBNSFという現在あ
る大手会社になったようです
。アメリカでは鉄道の斜陽化と共に旅客事業は衰退し、この路線ももう旅客列車は走っていま
せんが、貨物列車専用として当時の運用でUPとBNSFが共用しているようです。

[訂正]逆に考えてしまった大間違いをしていました。正しくは・・・
 ・D&RGW⇒Southern Pacific"に合併⇒"UP"傘下
 ・Santa Fe Railway⇒BNSF


実は、このD&RGWとSanta Fe railwayの間にはいわくつきな競争ゆえの事件があったそうです。それを調べていて、ある昔
の60年代のテレビ番組の題名・主人公名が出てきて驚きました。この事件は、「ゴージ鉄道事件」というもので、なんと、西
部劇さながらの武装戦争が両社の間で起きたというものです。Puebloの西部、Red Villeというところに銀山があり、そことの
交通の便を狙っての鉄道建設計画が持ち上がりました。実はこの路線はアーカソン川が作り出したRoyak Gorgeという渓谷
を通るルートしかないのですが、非常に幅が狭いところがあり、2社の別々の線路を引くことができない箇所がありました。
で、そこに線路を引く権利は先にD&RGWが確保したのですけど、官僚の手違いで後から申請したSanta Fe railwayにも許可
が下りてしまい、Santa Fe railwayが先に鉄道建設を始めてしまったのでした。法廷闘争にまで持ち込まれたようですが拉致
があかず、とうとう両社の間の銃による武装闘争にまで発展したようです。そのとき、Santa Fe Railwayはその要員募集を、
前述で昔のアメリカのテレビ番組で日本でも放映されたものの主人公にもなった保安官のバットマスターソンに頼んだのだ
そうです。こんなところでもうすっかり忘却の彼方になっていた子供時代の西部劇テレビ番組の主人公の名前を目にして驚
きました。勿論それと共に、保安官が一会社にやとわれて戦闘要員たる荒くれもの−西部劇で出てくる「無法者」を募集す
るとはとこれにも驚きました。私の子供の頃は、映画でもテレビでも洋画といえば、銃が出てくる西部劇がはやり、保安官と
いうのは法と市民の安全を守る警察と同様の仕事をする人で、ヒーロー主人公として、ワイヤットアープとかこのバットマス
ターソンという方々が出てきたのですけど、共に実在の人で、映画・テレビでは物凄く美化されていたことを近年知りました。
実在の人たちは、言うほど素晴らしい人ではなかったみたいです。ま、とにかく、この武装闘争は、州だったか国だったかが
調停に乗り出して、D&RGWがSanta Fe Railwayが先に敷いた線路代金を支払い、利用できるようにすることでD&RGWが完
成させ保有することになったそうです。で、そんな凄い歴史があるこのRoyak Gorge渓谷を通る路線ですけど、結局は、利用
価値がなくなり廃線化されてしまったそうですが、今は、Puebloの西部にあるCanõn Cityという街から谷を越えた先まででの
折り返し運転で"Royal Gorge railway"という会社が観光列車を走らせていて、YouTubeにも前方展望映像がありました。ど
うやら、往路は後ろ機関車でのプッシュ?(バック?)運転のようです。


上記を知ったゆえにこの記事を書く気になりましたが、折角ですから、鉄道自体にも触れておきたいと思います。私的には
面白いところもありますし。

前述のこの路線の歴史的概要は、英語サイトにあったQ&Aの答えの中で示されていたものですが、そこには更に当時の
線路運用の情報もありました。現在は旅客列車はありませんし、も同じかどうか不明ですが、下記のようです。

 図2 当時のJont Lineの線路運用

South Denverからしか情報が記されていませんでしたので、当時のこの線の旅客列車のDenver駅とかは不明であり、また、
最下段はもう無関係ですけどね。ただ、この間は2本の線路が所々で大きく離れているのは間違いありません。線路図では
どちらがSouthboundでどちらがNorthboundかは図2の表のそれぞれの鉄道会社線路図が見つけられていないので不明です。

ここまで出てきた地名の場所は、私が見つけられなかったBrangdonを除き、下記です。

   図3 Denver〜Pueblo間の関連の街

私的に面白いのはやはり路線のスタート点付近、貨物路線ゆえに貨物ヤードとなると思いますが、当然Denver市内。そし
て、そこからDenver郊外近傍です。google earth/google mapで調べたものについて示しておきます。まず、出発点ですが、
そもそも先に路線を引いたD&RGWの路線を引き継いでいるBNSFのヤードからのようです。UPの方は、UPヤードから図の
ように単線で接続されています。

   図4 Denver1

出発部分詳細は下図となっています。西から・西方向行AMTRAK専用線部分(単線)とダイヤモンドクロスしています。

   図5 BNSF始発点

AMTRAKとLRTのA,B-lineの行き止まりのDenver Union Stationの西側外に同じUnion station名のLRT(C,E,W-line)の始発
駅が対象にしている路線の東側にあります。

   図6 東側にLRT C,E,W-lineの始発駅Union Station

尚、対象路線は、最初は2線で出発して、UPからの線が合流した後、分岐して3線になっています。LRTはしばらく東側を並
行して進みますが、やがて東方向にはずれていきます。この後、対象路線は2線になります。

   図7 LRT C,E,W-lineは離れていく

ちょっと先で東側の線路から東に分岐があり、この線は東の方に外れて行っています。そして、路線はすぐにLRTのW-lineを
アンダークロスします。

   図8 東への分岐あり。LRTのW-lineの下をクロスする。

この後、再び3線になります。やがて、西への分岐がありますが、これは、複数の会社引き込み線に対応する行き止まり支線
です。

   図9 西への分岐がある

対象路線はこの先すぐに2線になり、やがて、東側から、西側に単線の貨物線と共にその東側にLRTが近づいてきます。

   図10 LRTと貨物線路が東から近づいてくる

このLRTはUnion Stationからの線(C,E)と、30street stationから路面電車ごとく市街道路の端を走ってきた線(D,F,H-line)が
C,E-lineと合流したものです。やがてE,F,H-lineは再び東に離れていきますので、CとDが終点まで並行して走ります。
尚、この付近はまだDenver市内です。単線の貨物線は、図8で東に分岐した線がやがてヤードに入り出てきているものです
がgoogle earthを見るとこのヤードは廃止されているみたい(線路が多く撤去されている?)で、生きているかどうか不明でし
た(2014年のLRTのYouTube映像にはUPの機関車が写っていましたのでまだ線路は少しだけ生きているかもしれません)。

South DenverというのはDenver市内でこの先の南端地帯のようです。

やがて、LRT(C,D-line)はこの対象路線をオーバークロスして、西側に位置して平行に進み、郊外のLittletonという街で終点
(Littleton Mineral Ave station)となります。
この先、対象路線(Joint Line)の二つの線路は大きく離れたりして、Palmer Lakeで一つになってしばらく単線です。昔と異
なっているのかもしれませんね(図2と少し違うようです)。そして、Fountainで二つに分かれ、途中近づいたりしますが、離れ
てPeubloに入り込んでいます。

最後にPueblo市内路線を示しておきます。

   図11 Pueblo市内

図11に示すLa Junta, COはAMTRAK"Southewest Chief"の停車駅です。Canõn Cityは観光鉄道"Royal Gorge railway"の
始発駅があります。YouTubeにはriding映像があります。
YouTubeに、WalsenburgからPuebloまでのUP#844という蒸気機関車による特別列車の機関車同乗映像がありました。

--------------------------------------------------------------------------------------
(追記)
いくつか誤解をしていたようです。

・Joint Line化は、第一次世界大戦のとき、DenverからPueblo間に三社のばらばらの鉄道があることから国家機関の指示
指令でやることになったようです。確かに、ちょっと考えると先にこの間の鉄道を敷いて好適地に路線を持っていたD&DGW
としてはある意味、不利益みたいになる話でしたから。そもそも、D&DGWは経営者の方針で狭軌、Santa Feは最初から標
準軌だったそうですし。そのため、D&DGWは当初、狭軌・標準軌両方対応のためにとりあえず3線にしたとか。

・C&Sはその路線が経営的にも不利なところにあったことから、Sabta Feとの協定成立後、自社路線を全部廃止したようで
す(Santa Feの線路を利用)。ですから、Joint LineというのはSanta Fe+C&SとG&GDWの協定だったということです。

・どうやら、厳密にはJoint Lineというのは、South Denver⇔Bragdon区間のようです。
Bragdonというのはgoogle map/earthに地名表記がありませんが、Pueblo countyの中の一地名のようです。

・上記の図2に示した区間ごとの使用鉄路ですが、South Denver⇔Bragdon間では、southboundは全て西側の路線、そして
northboundは全て東側の路線を使っているそうです。ただし、後に、Palmer Lake〜Fountainの北方間は途中のColorado
Springs市内でヤードがあって側線が多数ある以外、単線になりました。銀行圧力によりSanta Feが譲ったみたいです。
以上、切り替え地点線路図を示しておきます。

   図12 Sedalia
   図13 Palmer Lake付近
   図14 Fountainの北
   図15 Bragdon

図15の続きでPuebloに入って来ますが、Pueblo駅は両社で共通ですのでややこしいところがあります。

   図16 Pueblo

ネット情報では、D&DGW及びSanta Fe/C&Sがpassenger train(旅客列車)を走らせていた頃、DenverからやってきたSanta Fe
/C&Sの列車は図のように西側の線路を北方からそのままやってきて両社共通使用の旧Pueblo Depot(駅)で停車し、一方、
D&DGWは東側の路線を走ってきて、図のように、東西路線の連絡線を通り、北向きに入線したようで、こちらはその後そのま
ま北に進み、Rogerヤード(多分、図のUPのヤード)に入って留置されたようです。
現在のBNSFとUPは貨物列車のみですが、同様な扱いだろうと思っています。

ただ、Denver⇔Pueblo間だけで終わる列車なら、恐らく次の形ではなかったかと推測します。
北からやってきたBNSFは機関車が先頭ですので、逆に北方向に戻るときはどうするか?恐らく、図の連絡線を通り、東の方に
あるデルタ(英語ではwye?)を南方向に曲がって停車し、次にそのまま北方向にバックしてから、次に北側のところで西南方向
に機関車先頭で曲がり連絡線を通るとDepotでは機関車先頭になっていますから、そのまま北方へ進めばいいわけです。
D&DGWの場合は、デルタを南に進んでから止まり、南側からバックで北西方向に曲がり、そのまま連絡線をバックでdepotまで
走ってくるのではないかと思います。

(追記2)(20/9)
OpenStreetMapというのを発見し、路線名についての新たな情報を得ました。

BNSF:Denver〜Puebolo :BNSF Pikes Peak subdivision
   Pueblo〜Walsenburg〜Torinidad:BNSF Spanish Peaks subdivision
   Pueblo〜La Junta:BNSF Peublo subdivision
UP :Denver〜Pueblo〜Walsenburg:UP Colorado Springs subdivision

La JuntaとTorinidadはBNSF Raton subdivisionで繋がり、AMTRAK Southwest Chiefが走っています。

戻る