京極夏彦氏「ぬらりひょんの褌」について(’18/11)


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 随所でネタバレしていますので、ご留意くださいm(__)m
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図書館から京極夏彦氏の『南極人』という短編集を借りて来て読みました。
元作家という「わ・し」がワンフレーズの南極夏彦というおっさんがメインキャラの抱腹絶倒なはちゃめちゃ
なユーモア・キャラクタ小説集ですが、この中に『ぬらりひょんの褌』というのがありました。
これについてはネット上で話題になっていてその存在だけは知っていたのですが、この中に入っていたん
ですね。『こち亀』の大原巡査部長の話です。ぬらりひょんの石燕の絵の前に、

 秋本治先生の偉大なる業績を讃え、『こち亀』の30周年を記念いたしまして、若輩ながら
 コラボ企画にまぜていただきました

と書かれています。

物語は、新葛飾署の大原大次郎が部下の寺井洋一を連れて、年の暮れも近いある寒い日に中野に盆栽
関係の稀覯本を求めてのそれがあるらしい古本屋を訪ねて来る途中でのものです。寺井は中野に詳しい
という触れ込みで一緒にやってきたのでした。その古本屋というのは京極堂のことだったようです。
大判焼き屋で道を聞いて歩く二人。両津勘吉のことを話題にする大原。

そして、大原は寺井に昔話をしたのでした。大原は大学入学と共に一人暮らしを始めようとほんの一時、
中野の安アパートに住んでいた。そこで幽霊にあってしまったと。妖怪・ぬらりひょんだろうと。
何人かで引っ越し祝いをしてくれることになり食材を買い込んで来たのですが鍋がない。それで皆で鍋を
買いに行って帰って来たら鍵をかけていた部屋に鍵が掛かったまま誰かがいる気配。鍵を開けて入ったら
誰もいなかったのですが食材の大半が食い荒らされていたと・・・。そしてふんどしが落ちていたと。
どうやらそのときの仲間の中に南極夏彦がいて彼がぬらりひょんだと言ったということでしたが。

この物語では、大原が警察官になったのは、この中野のぬらりひょん事件がトラウマになったためとしてい
ます。

さて、この稿を起こそうと思ったのは、大原が寺井にそんな話をして顔を上げた時に現れた一人の老人が、
なんと晩年の古書肆・京極堂の主の中善寺夏彦だったことでその語ったことがネットで話題になっていたゆ
え二番煎じではありますけど、私もと。

「地味な和服姿で、杖をついている」「老人は見た目よりも確乎(しっか)りとした足取りで近づいてきた」「白髪頭の、
痩せた、乾いた老人だった」と。彼は大原に、「私はこの近くで長年古本屋を営んでいる老い()れです」と
言い、「実を申しますと、その事件に就いては少々心当たりがあるもので」突然話かけたのでした。中禅寺
は偶然大原らが道を聞いた大判焼き屋に大判焼きを買いに来ていたのでした。
そして中禅寺は「それは十五年前に取り壊されたムジナ荘のお話ですね?」と。
で、南極が軽薄に「ムジナ荘で起きたとびっきりの怪異じゃよ」と言ったのに対し、出ました、中禅寺の十八
番!

 「この世には不思議なことなど何もないのですよ、南極さん

そして、中禅寺は、

「川から石垣をよじ登り、そのまま塀を伝って窓に辿り着ける児童がいたら、可能ですね?」
「食材を選ばず無調理で大量に食すことが出来、超人的な運動能力を兼ね備えた児童なら可能ですよ
ね?」

と。そんな非常識な児童はいませんよというのに対して中禅寺が話をしたことは・・・

「神田川を制覇しようという馬鹿なことを企んだ子供がいたのです」と。
ここで、まず、

 「私の友人でムジナ荘の近くに住んでいた小説家がいましてね。もう先に死んでしまった
 のですけど


これはまさに関口巽のことですよね。関口は中野に住んでいましたし。ここでは「知人」でなく「友人」と言っ
てますけど(笑)。でも関口は中禅寺と同級生ですので、同じ齢で中禅寺より先に逝ったということですね。
京極堂シリーズは昭和27年〜28年(1952年〜1953年)頃の物語で当時中禅寺と関口は30歳そこそこ
でした。「こち亀三十周年企画」は2006年のことだそうですから、もしこの物語がその頃の話だとするなら
京極堂シリーズの事件から53〜54年後の話ということになりますね。ということは、老人になっている中
禅寺は80代中ということですか。なら関口君がもう亡くなていても不思議ではないですよね。
ま、ただ、そうだとすると矛盾しているところがありますので、あまり考えない方がいいのかもしれません。
そもそも、この大原部長にとってトラウマになりそれで警察官になったという前述の「中野ぬらりひょん事件」
は昭和三十九年(1964年)かそれ以前のこととあり、寺井が

 「しかし部長、僕は常々思っていたんですがね、その、うちの署の連中、経歴と時代と年齢
 が微妙にあってなくないすか?


と言っており、真面目に考えるようなものではなく、適当でいい加減なものかもしれませんね(笑)
大学に入った時なら18歳以上のはず。そうなると18+(2006−1964)=60となり、
普通ならもう定年退職してますよね。寺井の言う通りです。

兎に角、最初に関口が神田用水を寒中水泳している少年=両津勘吉を目撃し、中禅寺はそれを聞いて
見に行き、その少年に話しかけていたという。神田川は浅く、泳げない、ムジナ荘あたりで止まってしまう
・・・で、中禅寺がその少年に「無謀なことをするのはいいけれど、寒中水泳は体力を消耗すきちんと食事
だけはとりなさい」と言ったところ、その愉快な少年は、

 「丁度およげなくなる辺りに食料補給所があるから平気だよって

中野ぬらりひょん事件の犯人は少年時代の両津勘吉だったという話です(大笑)

で、中禅寺は、

 「その子は長じて警察官になったらしいですよ。今は何処かの派出所に勤務しているそう
 ですが


と。そして、また、京極堂シリーズファンの間で話題になった言葉、

 「私のもうひとりの古い友人が中川財閥の会長と懇意にしていて−まあ、そいつも財閥
 の長なのですが、どうやら彼は中川家の跡取り息子の上司になってるらしい


と。慌てふためく寺井。中禅寺は、私は警察関係に友人が多いんですよ、と言い

 「因果な性分です。今じゃ皆、結構偉くなっているけれども

と言って何人かの名前を挙げた−皆、警視庁や警察庁の幹部クラスの人間。

「ええっ?!」ですね。「古い友人」「財閥」とくれば榎木津礼二郎じゃないですか。礼二郎は弟。
海軍では優秀な青年将校でしたし、旧制高校時代は「帝王」なにやらせてもすぐに超一流になる男。経済
にはまるで興味がなかった男でしたけど、やらせたら超一流で兄を差し置いて榎木津財閥の後継者に担
ぎあげられたのでしょうね(笑)

で、特定できないのは警視庁や警察庁の幹部クラスになっている警察の友人というものです。
これがわかりません。中禅寺の知り合いの警察官といえば、レギュラーキャラの木場と青木くらいです。
木場は中禅寺より年上ですし、素行的にもありえないでしょう。ですから、ありえるとしたら青木刑事
くらい・・・せいぜい青木の同年配の警視庁での友人の木下くらいでしょう。大島課長は木場より年上で
しょうし。山下は神奈川県本部ですしね。そして警察庁なんていうのは余計にわかりません。そんなキャ
リア出て来なかったような・・・

ま、この物語はサイドストーリというよりパロディ物でしょうね。真面目に考えるようなものではなくて。
大原部長のパロディ物語ですから。ま、大原部長は、

 「そうかわ、私の、私の人生は−」
 「く、悔しい。あいつが、両津がすべての−」

そして中禅寺の最後の言葉は・・・

 「お互い、非常識な友人を持つと苦労が多い。ごたごたに不本意に巻き込まれますからね。
 でも、老いてしまえば、凡て良い想い出ですよ




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