まさかの嬉しい特集記事(’13/4)


実は2〜3日前に昔存在していた寝台車も連結していた長距離夜行鈍行列車の
ことを思い出してネットで記事を探したばかりだったんですが、なんと、たまたま
今日の夕方、近所の本屋に行きましたら、『jtrain』という雑誌が置いてあり何気
なく表紙をちらっと見ましたら・・・

『夜汽車の時代』という特集タイトルの横に、「ながさき」「山陰」「はやたま」
「からまつ」の文字が。ちらちらと見ましたら、写真が沢山あるではないですか。
やれ嬉しやと¥1400もしましたが、速攻で買ってきました。
若い頃は鉄道雑誌をよく買ったんですが、もう長らく離れてしまっていましたので
久々の鉄道雑誌の購入です。

いずれも乗る機会がないまま廃止されてしまったのですが、これらの存在自体は
時刻表で知っていて、鈍行列車なのに愛称があり、また寝台車を連結していると
いうことでとても気になっていた列車でした。この雑誌は大切に保存します。

ネット見ていて、なぜこのような愛称名のついた夜行鈍行列車があったのかの理
由を知りましたし、廃止された理由も知りました。愛称名がついた理由も知りまし
た。これは寝台車連結していた関係でマルス予約上の措置だったそうです。
まだ、今のような宅急便などなかった時代、郵便・小荷物運搬が主目的で存在し
たそうです。上記雑誌にも郵便積み込みの写真がありました。
「はやたま」は紀勢本線で大阪・天王寺〜名古屋間のものであり、当初は南紀と
いう名前でしたが、特急の名前になったためこの名前になったとか。当時、この名
前の由来がわからなかったんですが速玉神社からとったんですよね?
尚、寝台車は天王寺〜新宮間の連結だったそうです(そういえば、な〜んだ、名古
屋までではないのかと思ったことを思い出しました)。先般、鉄道チャンネルにて
話題になり、この寝台車は釣りに行く人に人気があったということを言ってました。

当時の記憶では「ながさき」というのが一番私の興味を引いていたのは大村線経
由で長崎まで行っていたことだったからと思います。変わったルートだなぁと。
(というか実は路線を思い違いしてました(^_^;))。

からまつは北海道。ネットにこのからまつに乗車する若き日の松山千春のプロモー
ションビデオがありました。
「山陰」はあまり記憶はありませんが、上記の本にはしっかりと写真もあります。

いずれも旧型客車鈍行列車、寝台車は3段の10系だったそうです。そして、それ
ぞれ多少の差はありますが、非電化区間を走っていたためDD51牽引もあったよう
です。
私の若い頃、わざわざそれが主目的で乗った、夜行客車急行列車、昼行普通客車
列車は皆、旧型客車ばかりでしたから懐かしいです。やはり、案内メロディはハイケ
ンスだったんですね。あれがまた、実に「旅している」という気にさせてくれてすごく
好きだったんです。

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