未だに『汽車』と言ってしまう(’13/3)
我々、昔の人間は、旧・国鉄=汽車、私鉄=電車という風に分けて呼んでいまし
た。国鉄の電車は東京圏・大阪圏の『国電』と称せられたものくらいが電車と
称せられていたような記憶があります。
「汽車」というのは本来はSL牽引列車のことだったんでしょうが、EL/DL
牽引になっても客車列車のことを引き続き「汽車」と呼んでいたんですね。
私が学生だった四十年以上前の頃はまだ、客車列車が沢山残っていました。
YouTubeには懐かしい映像が多々ありますけど、運行が夜にかかる長距離急行
列車(東京・名古屋・大阪〜九州とか東北本線とか)は大抵は客車列車でした。
まだ、旧・国鉄は電車とか気動車も多くなかった時代ですからね。
確か、気動車は時刻表に気を□で囲んだマークが記載されていた覚えもあります。
そういうことから、ときに今になってもJRをつい汽車と呼んでしまうことが時々あり
ます。ま、もうイベント列車くらいでしかほとんど見ることができなくなってしまった
客車列車。鈍行列車がまだあった晩年にわざわざ乗りに行ったこともあるくらい
で、未だに私の郷愁を誘っています。二度と帰らない時代ですけどね。
イベント列車ではなぜかあまり嬉しくないんですよね。ないよりましですが。
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