碓氷峠のせいだったんですねぇ(’12/2)
一つ前の項で長野新幹線開通で途中が廃止された信越本線の横川〜軽井沢間が軽
井沢〜篠ノ井間が第三セクタのしなの鉄道になってからも鉄道が遮断されてしまって
いるのを久々に買った時刻表で知って少し触れましたが、いくら長いブランクがある
と言っても鉄道好きのくせに思いが至らなかったと少々恥ずかしい思いをしています(^_^;)。
碓氷峠がなせるわざだったんですねぇ・・・。納得です。
調べてみましたら、信越本線の碓氷峠付近って旧・国鉄最大の勾配があったそうです
ね。横川と軽井沢間が9.7km程度の直線距離なのに500m以上の高低差があったそう
で・・・
子供の頃、ここにはアプト式が使われていたと本で知りました(社会で習ったかもしれ
ません・・・記憶不確かです(^_^;))。で、これは昭和38年に廃止され、新線を作ってそ
れ以後は専用電気機関車EF63の2台連結が全ての列車の昇り降りに補機として連結
された粘着運転方式に替っていたんだそうですね。
実は前にもちょこっと触れたのですが、関東地方に縁がないためなかなかこういう線
の経験がなかったんですけど、昭和42年の春(3月の終わり?)に一回だけ信越本線
の経験(上野から長野まで急行電車に乗りました。列車名は忘却の彼方です(^_^;))が
あった(祖父母と一緒に日光〜長野善光寺を回り、北陸本線経由で富山に行き、そこか
ら高山本線に入って高山まで行き、祖父の知人と一緒に平湯温泉という3泊4日の旅行
をしたときのことでした)のですが、アプト式が廃止されて新線でのEF63(ろくさん)
補機運転時代になってからなんですねぇ。情報に疎く知らなかったためか折角なのに、
記憶にございません(^_^;)。恐らくまだアプト式だと思い込んでいたかもしれませんね。
いずれにしても、もう絶対に乗れないのですからあまり記憶がないもののとりあえず一回
だけは信越本線の全線を乗ったという事実は私の中でのささやかな体験としてよしとしま
す。
さすが、YouTubeですなぁ。廃線の夜の横川駅での映像がありました。列車車掌さん達が
手を一生懸命ふられていたのと、物悲しく長く聞こえたEF63の警笛がすごく印象的で
すぐ感動すると涙してしまう私は瞼が熱くなりました(^_^;)。SLの汽笛も好きですがELの
警笛も結構好きなんです。
ところで地形図見て驚きましたが、長野新幹線は相当大きなカーブとトンネルの連発で
軽井沢までの高低差を緩和しているんですねぇ。
在来線のように所どころでたまにトンネルがあると、♪トンネルだ、トンネルだ、嬉しい
な ですけど、まるで地下鉄見たくほとんどトンネルというのもちょっと興ざめですな。
住んでいる名古屋の地下鉄名城線は完全な環状線なんですが、東京・大阪のE電と違い、
地下鉄なのでねぇ・・・景色が楽しめませんわ。一度ぐるっと回ってみましたけどね(笑)
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