力、質量・・・(’15/9)

「科学」に関して検索していると、ときに、私にとっては実に驚くべきこと−「あちゃぁ」とがっくりきた
りしてしまうことがあります。

今回、これまで何も気にせずに使っていた「」について、何気なく調べて見たのですが・・・。
自分の思い違いもありましたが、実は意外や意外、これって、きちんとした独立した物理的(物理
学的と言う意味ではありません)定義・意味づけってなされていないのを知りました。
多分にそういうと、いや、Newtonがちゃんとしているとおっしゃるかもしれません。確かに、第二
法則で、Newtonは
      (1)
  ここで、:質量 :加速度
と定義しているように見えます。しかしながら、Newtonは「質量」を

  (密度)×(体積)    (2)

と定義したようです。しかしながら、この定義の大きな問題点、わかりますでしょうか?当時、ライ
プニッツが大批判したそうです。ネット上のきちんとした会議室でも話題になっていました。
この(2)式は、所謂「循環定義」になってしまっています。なぜなら、「密度」というものが入ってい
るからです。すなわち、密度と言うのは

  (質量)/(体積)    (3)

で定義されるものですから、実際には、(質量)のことを何も説明していないのと同じなわけです。
というわけで、(1)式の右辺は、循環定義になってしまっている「質量」を用いているわけですから、
(1)式は、きちんとした力の物理的定義にはなっていないと言えるのです。

実は、私は記憶が曖昧になっていて、大きな誤解をしてきて、力と言うのはきちんと定義があり、
質量は
      (4)
で表されるものだと思い込んでいました(^^;。ですから、まさか、(1)式で力を定義しているなんてこ
れっぽっちも思っていませんでした。(1)式は「法則」くらいに考えていたのです。

しかしながら、(1)式を力の定義だとするといくつか疑問が出てきてしまいます。
調べて見たら、そもそも力という概念は「運動」と結び付けて出てきたものだそうです。その意味で、
確かに(1)式は「運動」という状態を含んだ式ではあります。そして、その「運動」状態は力を加えて
いる物体(body)の性状で同じ力でも変わりますので、そこから「質量」という概念が生まれたものと
思っており、そういう意味ではそれらの概念を盛り込んだ式ではあります。

ところが、一つのポイントは、どんな力でも物体に加われば物体は運動するわけではありません
よね。「静止」という状態がありますから。勿論、そこは抜かりなく、「静止」も「運動」の一種として
含むとしています。しかしながら、「静止」時は(1)式のαは0ですから、(1)式ではF=0になってしま
いますよね?結局、Newtonの第二法則だけでは力はきちんと定義されないのです。なぜ静止し
ているかは第三法則(作用・反作用の法則)を入れないと説明できないからです。外から加えられ
る外力に対して、物体の内部抗力とか他の接触物体との摩擦力とかという「力」が逆方向に働いて
いるわけです。

したがって、そういう物体に外力が働くと現れてくる「抗力」とのベクトル合成した力に対して
      (5)
となるのですよね?ですから、やはり(1)式を力の定義とするのは大いに疑問を感じるのです。
更に、力というのは何もこのニュートン力学のものだけではありません。電磁気学にはクーロン力
      (6)
というのがあります。私は、クーロンがどうやってこの式((6)式はSI単位系−電磁気関係はほぼ
旧MKS単位系−の式であり、昔のCGS単位系では係数は1でしたので、この式の係数部分はSI
単位系にしたときに出てきたものですが)この力って、(1)式の定義から直接読めますか?

結局のところ、全ての「力」と名がついているもの(注:馬力はちからではありません)を網羅して
直接的に誰でもわかるような説明ができる物理的定義はなされてこなかったのではないかと思い
ます。そして、そういう状態のまま、

 その単位(SI単位系では[N])だけが「力」を表すもの

として、特別気にしないで使っているということではないでしょうか?

上記のクーロンの法則は実験的に求められたものであり、絶対値ではなく二つの帯電球の帯電
量の比とその間の距離を変えて、ネジリ秤で力を測定して得られたものであり、はかり自体の原
理にははいっているかもしれませんけど、(1)式などそこでは直接は配慮していないわけです。

ちなみに、前述の質量の件ですが、猛批判したライプニッツはニュートンの第三法則から比として
説明するがよいというような主張をしたそうですけど、これだって、力が入っているのですから、そ
こに「循環定義」が顔を出してしまうのですよね。ですから、ネット上では第一法則〜第三法則に
渡って「循環定義」になっているという批評がありました。

こんな初歩的なところにも、「物理学は"How"を追及していればよい」というような、真の「物理」と
はかけ離れた、それこそ「プラグマティズム」的な物理学の一面を見てしまい、物理学が好きであ
るだけ余計にがっかり度が大きくなってい私です(:_;)

                           ('15/9)

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