科学に陰を落としてきたメディアや科学者の思惑

今年、大騒動となったSTAP騒動、結局、ご本人参加での検証で再現できなかったため小保方さん
が理研退社ということで幕が引かれたようです。

しかしながら、この騒動、ネット見てきて私の中にすごく不快感が湧いていました。
恐らく、そういう気持ちになったのは、この五年間、Relativityに対する不信感に端を発し、色々とイ
ンターネットを漁った中で、「地球の科学」への不信感が私の中で拡大してきたゆえであることは間
違いありません。

私的には、この大騒動は、メディアのマッチポンプ、メディア主導の「人民裁判」という感を
強く抱きました。
本来、科学論争だったはずなのに、そこには、真の「純粋な」「客観的な」『科学論争』とは程遠い、
人格攻撃・芸能ニュースと変わらない単なるゴシップ扱い視線や、恐らくはメディアが当初、ノーベ
ル賞級大発見などと囃し立てて、彼女をヒーロー扱いしたことが発端になって、、恐らくは、元々、
「そんな方法でできるはずなどない」として頭から嘘と決めつけていた方や、メディアの囃し立てに
対し、大変失礼ながら、最初から抱かれた人間ゆえの「そねみ」「ねたみ」(と思われるお気持ち)
がここぞとばかり、「それっ〜」っていう感じの口汚い攻撃大合唱という極めて歪んだ構図が見られ
たからです。

あろうことか、その結果は一人の優秀な科学者を自殺に追いやってしまったという大きな嘆かわし
い不幸の結末を招いてしまいました。ネット上にはNHKを始めとするメディア側責任を糾弾する声
と、一方で、これまた、彼女に全責任を負わせるような声があります。で、私は、タイトルで示したよ
うに、まずはメディアに最大の無限責任があると考えています。色々な点で、メディアは独善的な
勝手な「正義感」をかざし、その遂行にはどんなことをしても許されるのだという実に身勝手な思い
上がりが見られます。ですから、そういう行状がその過程で何を招くかなど「知ったことか」という態
度であり、過去現在とも、一度として「真摯な謝罪・反省」などしたことはありません。
ですから、平気で、死者を鞭打つような憶測もどきのことを言ったり記事を書いたりしているのです。
それに、彼女の代理人弁護士の方が非難されていましたけど、あのNHKがパパラッチもどきの行
為をし(便所まで追いかけ、その結果、彼女がけがを負った)それに真摯に謝罪したなどという話は
聞こえてこず、理研を悪者にするかのような印象操作の番組までやったそうです。そして、未だに、
こういうメディアの思惑に踊らされていることに真に気がついていない方達が多い、いや、ひょっと
するとご自分の思惑に一致していることで満足している方もおられるのではないか(ネット見ている
とそういう思惑が漏れ出てきていますから)と思うのです。

しかしながら、そこにあったのは、科学とは程遠い大騒動だけであり、結局、部外者の市井の我々
は、真相はどうなのか(本当に彼女がねつ造したのか、勘違いしたのか、それとも、実際はあった
のに、再現性の難しい技術なのかなど)不明ののままでTHE ENDになってしまったのが残念でなり
ません。

私が特に批判的に見てきたもう一つの問題は、今回の騒動に対して、ネット上に見受けられた科
学界側と思われる方達のご意見です。

多分にそれ関係の学問に関与されている方達の言だと思いますが、ネットで「ねつ造だ」と断言し
ている方が多々おられます。しかしながら、直接証拠など知って言っているのではなく、そこにある
のは、最初から「そんな科学に反することがあるはずはない」という決めつけがベースにあって、更
にメディアなどからの伝聞による単なる「状況証拠」で断言しているだけであることは明白ですね。

また、こういう問題ではよくある、判官ひいき感情が行き過ぎた「ひいきの引き倒し」みたいになる
意見への反発からだろうとは思うのですが、異常に論文の体裁攻撃がなされてきました。そして、
中には、あたかも科学歴史の中での最大の汚点みたいに誇張されて口撃している向きも見られま
す。
ま、「論文の体裁攻撃」自体は、多分に純粋な科学者の気持ちからなされているものも多々あろう
かと思いますので、それ自体をどうのこうのとは言いません。言葉通り、きちんとされておられる方
が大半だろうと思います。ただ、それだけを殊更強調して、全てねつ造だと断言するのはおかしい
ではないでしょうか?「コピペ」など、理研の究明のための委員会会長さえやっていたことがすぐに
ばれたくらいですから、「科学界の決まりを一般人が知らずにとやかく言うな」というような不遜な
物言いは、それが科学界の絶対的真実などではないことを如実に証明していることから、私から
見れば「バカバカしい取り繕いの虚言」にしか見えてこないわけで、反発を招くだけなのです。
傑作なのは、どこかのスレッドで、彼女と理研を糾弾する意見が沢山あるところに、コメントなしで
東大内部調査で指摘されているねつ造論文が51?件というニュースへのリンクが何回か貼られ
ていました。で、不都合なためか完全に無視されていました。要するに、「優秀ならねつ造はしない」
というかのような言説への痛切な揶揄として示されたものだろうと思いましたけどね。

結局のところ、どう取り繕おうと、科学者も一人間ですから、「理想的」姿ばかりではないこと、そし
て、それはごく一部の「不届きもの」だけの行状ではないことが近年、暴露されているわけです。
どのような素性の方かわかりませんが(ひょっとするとメディア関係者?)、中には、メディアを擁護
し、当時の理研の発表の仕方を非難する方もおられますが、そういう方達は、科学界だけでなく学
問の世界において、過去から綿々とどういうことがなされてきたか知らないのではないかと思いま
す。もし知っている上で、こういう非難をするのなら、極めて卑怯な態度ですが。
おうおうにして、「俺が、俺が」という方の論がすぐに否定的"fact"が出てこない限り、メディアの拡
声器的効果でいかにもTRUEであるかのように広がり、えてして、「控えめな方」は損な役割に甘ん
じられてしまってきたというのが地球における学問の歴史だった・・・。しかし、そういうことはほとん
ど一般下々には知らされないで隠されてきているわけです。ちゃんちゃらおいかしわ(-_-メ)

私は、海外サイトを当たる中で、これまで知らなかった(前にも書きましたが、私一人が知らないだ
けではなく、日本語サイトでほとんど目にしたことがないということが明白に多くの日本人−日本人
だけでなく、世界の多くの人々−が知らない)科学歴史の真相を知り、それらを本コーナーで紹介
してきていますが、現代において、「科学のヒーロー」扱いされている方達にまつわる闇はいくつも
あるようです。そこには、時代背景・人々の思惑そしてメディア・幼少時からの学校や雑誌書物によ
る教育の影響がもろに現れています。
ですから、「科学界は美しい世界で、そういうことをする人はごく一部だけだ」などというような最早
信用が失われつつあるような取り繕いは見ていて、見苦しさばかり感じられてしまうのです。
前にも書きましたが、本コーナーでは色々と科学者批判をしていますけど、私は、決して、「反権力」
「反アカデミズム科学者」「反科学」の人間ではありません。しかしながら、調べれば調べるほど、そ
ういう自分のような人間にさえ不信感を持たれるようなことが明るみに出てきてしまっているのです。
科学界の昔の大先輩たちが何を行って来たか目を瞑ってはいけないと思うのです。
例えば、既に指摘しており、科学者の中にも批判の言葉が厳然と過去にありましたが、ゆがめられ
た伝言ゆえ(と思いますけど)、崇拝者が多くみられるEinsteinの"Special relativity"(それゆえ、海
外ではDivin Albert's Divin Theory"などと揶揄する方もおられるのですが)の原論文など、今の基
準からすると形式的には極めてやばいものです。referenceが一切なく、悉く一人で考え出したよう
な形になっていてます。
日本語に訳された科学者が手放しでたたえているそうですが、ですから、私はその方の見識を疑っ
ています(Einstein支持派と言われるBormでさえ指摘していますのに)し、そういう科学者側の美化
された伝言のためか、未だにそう(悉くEinsteinの天才的独創だと)思い込んでいる人が世界中に
意外に多くいる気がしています。だからこそ、「ポアンカレのものを盗んだ」などという個人攻撃本が
今世紀になって出てきて話題になり物議をかましたりしているのです。そして、調べて他者の情報
などを勘案すると、内容的には「言い過ぎ」のようですけど、悉くねつ造・デマなどではなく、ある程
度は真実をついているのは間違いないようです。専門家は恐らくは不都合だからとしか思えません
が無視しているそうですけどね(そういう態度を正当化する方がおられますけど、決して賛同など
得られない恥ずべき詭弁であることに気が付いてもらいたいですね)。そして、私はそういう態度を、
「そんなのはあななたちがすぐに攻撃する宗教信者の言動とどこに差があるのか?」と猛批判して
きているわけです。

国内では、再三、批判してきた、本業ではない「疑似科学批判」などという実にくだらないもので名
を売っている学者を筆頭に、いかにも自分たちのアカデミズム科学界がいかにも崇高な世界であ
るかのような、すなわち自分たちを高みにおいたような、私に言わせてもらうならば、もうとっくに尻
割れしてしまっている"Hoax"な言説をいかにも正論であるかのように吐く(その主とした目的は、
アカデミズム科学は崇高正当であり、、疑似科学−と彼らが蔑称している異端説−や反対論は社
会にとって害悪であり、誰が言おうと、悉く排除しなければならないというもの)方達がおられます
からこそ、そういう態度を猛批判してきているわけです。

ですから、最初に示した今年のSTAP細胞騒動も私はそういう批判的な目で眺めているのです。
実に私が寂しいのは、論理的で公正な視点での分析と言うのをほとんど目にできていないことで
す。メディアの思惑に乗っているとしか思えない個人攻撃や、最初出したときにネイチュアの査読
者?の「科学を無視している」というような、私が本コーナーを通して一貫して断罪している近視
眼的な考え方が基本にあることが見えてしまう−それゆえ、所謂コピペ」という「付随的問題」をこ
れ幸いとばかり伝家の宝刀ごとく、大上段におくかのような一方的断罪か、私から見れば、「判官
びいき」的(その他の思惑があるかもしれませんけど−そういう風に感じられるものもあります)
擁護論ばかり目にしてしまっていることです。そして、結局、うやむやのまま終焉を迎えてしまい
ました・・・。実に嘆かわしいのですが、昔はインターネットなどはない時代でしたから、一般下々
には知られないまま、こういう風になったのは、歴史を調べて暴露している海外記事から明らかで
しょう。

一つ気になる主張を目にしました。「今こそ、絶版になっている『背信の科学者たち』の日本語訳本
復活を」という意見です。しかし、その趣旨を眺めていると、私がこの原本の執筆者たちが主張した
真意がゆがめられたようなものばかりの気がしました。
あれは、「ねつ造した個人と属している周囲」への批判と言うより、そういうことが後を絶たないのは
科学界全体の根本的な体質が齎しているものだという科学界への批判だったというのが私の理解
ですが・・・どうもそういう反省の上での意見というより、「ねつ造した個人と属している周囲」自体に
特化した批判に見えて仕方がないのです。一種の「もぐらたたき」のような・・・
要するに、ご自分たちを高みにおいての「失敗者」攻撃でしかないという風に感じてしまうのです。
言い過ぎかもしれませんが、色々と過去を調べておぞましい話の数々を知ってしまったゆえにこう
いう風にとらえてしまう人間もいるということだけはわかっていただきたいものです。本当は、そうい
う不信感の塊みたいになってしまったことは私的には大変悲しいのですが・・・。

ところで、「科学予算分配が科学界を歪ませ、ねつ造が蔓延る原因」であるかのような言説があり
ます。一見、正論のように見えますので、「その通りだな」と納得されている方もおられることと思い
ます。しかしながら、どういう属性の方達がこれを言い、そのあとに何を言っているかを精査してみ
るなら、わかることと思いますが、単なる「見せかけだけの正論」でしかないと思います。
ネット見ていればわかりますが、「科学にド素人の役人が予算配分をしている」という攻撃論調があ
り、「予算配分は科学者自身に任せるべき」などという言説まであります。
で、私は、こういう言説には「ふざけるな。何様のつもりだ(-_-メ)」と猛反発しています。

なぜなら、まず一つは、そこにあるのは、「科学予算をもらうのは当然こと」という驕りが感じられる
からで、わかっていないなと思うからです。比較的豊かな先進国に住み、そして、資源が乏しいゆ
えに「科学技術」が国是というコンセンサスが長く得られてきたゆえに、多額の科学予算が計上さ
れているのです。決して「科学者がいる」からではないのです。何か根本的に誤解している気がし
てなりません。基本的には、えて勝手な『甘え』があるのです。予算は無尽蔵でなく限られている
わけです。当然ながら、その分配には、国是からの判断が伴うのは当たり前のことです。どこの世
界に国とは無関係に予算など配分する国がありますか?どこの国でも、第一は「国益」です。
それが嫌なら、自分で負担して研究すればよいだけです。自分勝手なお花畑言説はこの地球では
通用しないのです。わかっていない方が多々おられますけどね。

で、彼らの言う通り、予算配分を科学界に任せたらどういうことになるか・・・結果はもう見るまでも
なく明らかです。間違いなく、権威筋の独占でますます偏りが出ると思います。
そんなことより、彼らが言う通りの「真の客観的世界」になるべきですが、「感情」を持つい人間が
やっているのですから、どだいそれは無理ですよね。

こうやって騒がれるのは多分に氷山の一角でしょうけど、以前と違い、今はインターネットが発達し
てきていますから、いくら隠蔽しようとしてもどこからか漏れ出してくるのは必定でしょう。
そう、昔と違い、今は、姑息なことをしようとしても、ばれてしまう時代なんですね。要するに世間
の監視の目が広がっているということです。自分だけはばれないだろうというような根拠のない希
望的感触で不正を働ければ、早晩ばれてしまう恐れが出てきて、かつそれが全世界に発信されて
しまうということを各人が認識すれば、不適正な行為やねつ造も減少するのではないかと思うの
ですが、どうでしょうか?でも、やっぱり甘いかな?
                             (’14/12)

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