vectorとquaternion

付け刃的情報で少々、無責任に色々と書いていますけど、19世紀のquaternion
が短い歴史に終わって新たに創設されたvectorが使われるようになった頃の、
歴史的な詳細なところとか、物理学への適用においてquaternionとvectorの相
違点とかそういうことがわかっていませんでした。
調べても調べ方が悪いのか、情報が見つからなかったということもあって、少々
悶々としていました(^_^;)。

で、たまたま思いついて"diffrence between quaternion and vector"でググりま
したところ、英語サイトでも私の求めているものはほとんどヒットしませんでし
たが、数少ないそれらしい物の中に特に気になる論文サイトを発見しました。
Polar and axial vectors versus quaternionsというものです。
この論文の趣意は、

 quaternionの「ベクトル部」(ib+jc+kd)("pure quaternion"とも言う)
 は現在用いられている「ベクトル解析」法の三次元ベクトルとは異
 なるのを同じとmisunderstandされてきた


というもので、Hamiltonがquaternionを作ったいきさつや19世紀のベクトル解析
が確立したころの歴史的なものなどと合わせて示されています。Maxwellの話も
出てきています。中途半端に思い違いしていて、ここで初めて知ったことが沢山
ありました。

ここで示されていて私が初めて知った新たな歴史的知見の概略を以下に示して
おきます。

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quaternionの創出と発展
quaternionはHamiltonが二次元複素数空間で示される複素数(横軸をreal-part、
縦軸をimaginary-partとしてz=a+biと表しているもの)を三次元に拡張しようと考
えた結果、1842年に確立した数学体系ですが、そもそも、最初は、a+bi+cjで考え
たようです。すなわち、三次元直交デカルト座標系の一つをreal-part(実数部)
"a"とし、残り二軸をimaginary-part(虚数部)bi,cjに割り当てる形で数年検討した
そうですが、うまくいかなかったそうです。そこで彼はkを追加して、
という4-dimensionsのquaternionを創出したというわけだそうです(ちなみに日
本語では『四元数(しげんすう)』呼称されています)。
しかしながら、これだとパラメータが4個になってしまい、三次元空間座標系に
対応させられません。それでも、Hamiltonはなぜ実数部を残したかですが、
quaternionの積を考えると閉じた体系としてどうしても実数部は必要だったから
(すなわちquaternion同士の積がquaternionになるため)ということです。
したがって、実数部に割り当てられる空間座標軸は存在しない、実数部"a"は
普通の二次元の複素数とは異なり、幾何学的意義を持たないことになります。

quaternionを引き継いだ次代の数学者はTaitという方で、彼はquaternionの物
理への適応を試みたそうです。で、MaxwellはCambridg大学時代の友人だった
ようで、それが1873年のMaxwellの論文(1835年のオリジナルのMaxwell方程式
をquaternionにより拡張した)に繋がったようです。

◎ベクトル解析
"Vector algebra"は1881年にGibsがquaternionの"pure quaternion"だけ着目し
て導入したもので、Heavisideが協力して体系化とMaxwellの方程式への適用に
努めたものです。Heavisideは最初はquaternionの伝承的に考えていたのを、
1885年に考えを変えたようで、完全な独立した"Vector algebra"を確立したよう
です。

◎ディベート時代
19世紀の終わりごろ、quaternions派とVector派でどちらを正規にするかの戦い
があったようです。
 quaternion派・・・Peter G.Tait ,Cargil Knott
 quaternion寄り中間派・・・Alexander MacFarlen
 vector派・・・William Gibbs ,Oliver Heaviside
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さて、やっぱりHamiltonは単純に前述の4-dimensions式を提起しただけではな
かったんですね。改めて、quaternionは二次元の複素数の拡張であることを知り
ました。本サイト論文の主張の基準ポイントはそこにあるのです。
私自身は特にあまり考えたことはなかった(^_^;)のですが、(二次元の)複素数に
おいて、imaginary-partを示すsymbole"i"は、ある複素数にこれを掛けると反時
計周りにπ/2[rad]回転することに相当します。quaternionにおけるiもxy平面で
同じ意義を持たせています。j,kもそれぞれ同様(yz平面、zx平面に対して)の意
義を持たせています。この「回転」を表す意味で、Hamiltonは"Perpendicular
versor"と名付けたようで、後年のTaitは"quadrantal versor"と改名したそうです。
したがって、quaternionにおけるi,j,kは「反時計方向にπ/2[rad]回転させる」
operatorという位置づけ・意義を持っているわけです。

一方、"vector algebra"におけるi,j,kは単なるx,y,z軸方向の単位ベクトルという
置づけであり、本質的にquaternionのi,j,kとは異なるということです。単位ベクト
ルには"versor"というoperatorとしての機能はないわけです。

では、"vector algebra"でその機能は何が負っているかですが、その前に「積」
についての本質的な違いを見てみます。
二つの"pure quaternion"(実数部=0としたもの)を
として積を求めると
となります。これは、quaternionに与えられたi,j,kの基本である
によります。注目すべきは、
という項が出てくることです。これは実数です。それゆえ、前述でHamiltonがあえ
てquaternionに実数部を入れた理由なのです。"pure quaternion"だけで表記で
きないのです。このようにquaternionでは積は一種類だけです。
一方、"vector algebra"では積は二種類あります。quaternionから発展させたた
め必然的に導入せざるをえなかったというわけで、それは「ベクトル積"×"」と
「スカラー積"・"」です。しかしながら、"vector algebra"ではi,j,kを単位ベクトルと
し、のquaternionからのvector algebraに変更したためですから当然
ながらどこかに歪は出てくるわけで、結局、スカラー積には符号"−"が付けられ
なかったのです。要するに、"vector algebra"の「ベクトル積」と「スカラー積」では
quaternionの積を完全にトレースできていないということです。
当初、Heavisideはこれを気にして考えたようですが、1885年以降、この差を捨て
たようです(諦めたのでしょうか?不明です)。

(書いているうちに失念しかけてしまいましたが(^_^;)前述の"pure quaternion"
の"versor"には「回転」operatorの性質があるのに対し、"vector algebra"では、
それはi,j,kにはなく、ベクトル積の"×(クロス)"operatorに付加された機能で
す。)

また、"pure quaternion"と"vector algebra"の相違点として、前者が結合法則が
成立するのに対し、後者は成立しないというのがあります。スカラー積でも実は
その定義が(ベクトル値)・(ベクトル値)ゆえに矛盾が出ることがこの論文で示
されていました(省略しますがなるほどと思いました)。

そして、もう一つ、"pure quaternion"と"vector"の違い・・・
"pure quaternion"は「軸性ベクトル」であり、その積も「軸性ベクトル」であるの
に対し、"vector"は基本的には「極性ベクトル」で、ベクトル積の結果は「軸性ベ
クトル」になるという大きな相違点があります。

以上より、この論文によれば、quaternionで「ベクトル部」とされているbi+cj+dk
の項("pure quaternion"とも称せられている部分)は本質的には"vector algebra"
の「ベクトル」とは異なるものであり、同一と考えたのはmisunderstandingだと結
論づけています。物理学者は無視しているようですが、数学学者世界ではそう
いう指摘は複数の学者が過去からしてきたようですね。

1912年にPaulという人が、"vector algebra"におけるベクトルと"pure quaternion"
を下図のように分ける提案をしたそうですが無視されたようです。

どうやら、やはり、私が勝手に思い込んでいた通り、"vector algebra"は単に
"quaternion"を平易化したものではなく、両者は根底のところで別物というのが
事実のようです。ただ、問題は、「物理学」への適応においての妥当性有無だと
思います。この論文によれば、Maxwellは完全なHamiltonのquaternionではなく
簡易化したものを適応したと書かれています。このところは原論文が手元にない
ので私には判断できません。1873年のmaxwell論文復活を強く主張されている、
Bearden博士がどのように判断したのかもちょっとわかりません(井口さんによれ
ば曖昧のようですが)。

ま、いずれにしろ、本論文の結論にありましたが、歴史的にmisunderstanding
すなわち、"pure quaternion"と"vector"を同一視されたのは元々HamiltonとTait
自身がこの"pure quaternion"の"versor"を複素数の回転operatorであると共に
unit vectorだと考えたことにあるとしていますが・・・
それゆえに"quaternion"は本質が理解されないまま平易な"vector algebra"に
凌駕されてしまったのでしょうね。但し、近年、「回転」を扱う所でquaternionが
見直し復活しているようですから、再度、全体的復活もあるかもしれませんね。
ひょっとすると、「物理学」の世界でも「とんでも」扱いではなくなるかもしれませ
ん。逆ファラデー現象など"Maxwell-Heaviside equation"では説明できない現象
の観測がなされているなど、19世紀に戻って元から考え直すということをやって
欲しいと強く願っています。

                                   (’14/5)


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