速度について〜とりあえず〜

私は、近年、「速度」というものについて考える中で、この「速度」と合わせ、
現在、この地球上で定義されている「空間・時間」の概念は「ほんとう」なの
かと疑念を感じてきています。私がそういう疑念を感じている理由について
は後述しますが、この4年間、反対派に回ってしまった(それゆえ、こんな
コーナーを作ってしまったんですが)「相対性理論」に若かりし頃、初めて
接した時、驚きなど全く感じず、素直に入り込め、かつ疑問を抱いたりしな
かったことに通じるところがあったからと告白しておきます。

これらについては、以前、中途半端なところで書いたのですが、思う所があ
り、抹消してしまいました。自分でも全く内容が気に入らなかったためです。

結局、浅学非才ゆえに、未だに、「では何か?」という自分で納得できる代
案らしきものが浮かんできていない現状です。

その意味で、当面、私にはこれまでの自分自身の知識のまとめと抱いた疑
念についての表明くらいしかまだ書けない(「そんならやめろ」という声が聞
こえてきそうですが、これだけは主張しておきたいのでね)ので、本項では、
タイトルに「とりあえず」というサブタイをつけていますm(__)m。


私は、相対性理論に対するネット上の反対論のいくつかから、今一度、自
分の学んできた『速度(velocity)』 についての知識を総棚卸してみました。
実はこんなことは高校迄に習うことで、特に理系の方にとっては、普通の
『物理常識』になっているはずですが、Einsteinの『相対性理論』を論じる
時、大変失礼ながら、意外に「気に留めていない」のではないかという感を
覚えてしまっているからです。ですから、あえて、その私の知識の総棚卸
として以下に示しておきます。

『速度』というのは、運動状態』を科学的に表すために科学者が定義した
概念
です。基本的には、

・・・(1)

として定義されたものです(注:英語の"time"には日本語では区別されてい
る「時間」と「時刻」の両方で使われますが、ここでは厳密に言うと"time
interval"です)。すなわち、『速度』というのは、時間と距離という一次概念
を用いて定義された「二次的概念」のものと言えます。あくまで、この(1)式
で定義されたという基本を忘れてはならないと思います。
数式があると、人間は、「数学的知識」をすぐに使って変形しようとします。
そして、(1)式から、

・・・(2)
・・・(3)

とするわけです。

実は、ここで、私の早速の「いちゃもん」です(^_^;)。実は、そのためにこんな
誰でも御存知な基礎的知識をわざわざ持ち出したのですm(__)m。

定義式の(1)と変形した(2)(3)式は完全等価では無いのですが、無頓着
に使われている気がします。
(1)式は「数学的制約」から、当然ながら、

・・・(4)

であらねばなりません。しかるに、(2)式にはそういう制約はありません。

・・・(5)

が含まれ、そのときは、

・・・(6)

となるだけで問題はないからです。

一方、(3)式はどうでしょうか?これは「数学的制約」から、当然ながら、

・・・(7)

ですが、(1)式では(6)式が数学的に許されていますし、そのときは、

・・・(8)

となるのです。また、(2)式は(8)式が含まれていて、そのときは、(6)式が
成立して問題はありません。

ただ、(3)式は実はもう一つ問題があるのです。
厳密な物理の定義においては、『速度』は『大きさ』と『方向』を持つ『ベクト
ル値
』です。『大きさ』だけ示す『スカラー値』で表す時は、 『速さ』と称して
います。で、前述の(3)式についての議論は、実はこの『速さ』の話です。
今、それぞれのスカラー値を


とすると、(1)、(2)、(3)式はそれぞれ、

・・・(9)
・・・(10)
・・・(11)

となります。一方、ベクトル表現では、距離ベクトルと速度ベクトルを

とおくと、(1)、(2)式は

・・・(12)
・・・(13)

となります(時間tはスカラー値とされています)。しかしながら、(3)式は


とはできません。ベクトル値で割るという形の商は数学的に許されていませ
(不定になるからだそうです)。その意味でも、(1)〜(3)式は完全等価では
無いのです。

尚、スカラー値とベクトル値の関係は、

・・・(14)
・・・(15)

ですから、(9)〜(11)式は、

・・・(16)
・・・(17)
・・・(18)

となります。ベクトル表現を用いる時、(3)式は(18)式のみ許されるのです。

再度、速度は(1)式により二次的に定義された概念であるということを強調
しておきたいのです。すなわち、「速さ」は直接測定できるものではなく、(9)
式で算定しているものです。地球上における光速cもそうやって求めたもの
であり、当然ながら、(9)式の「速さ」(スカラー値)です。

ところで、現実の世界では、光は別にして、「等速」というのはなくて、必ず何
らかの速度変動を伴っていますので、現実の世界では(9)式は「平均速さ」、
(12)式は「平均速度」を表しています。そのため、ある時の速度としては、

  (ベクトル)・・・(19)
  (スカラー)・・・(20)

という微分形式で与えられます。(20)式は、

・・・(21)

ということです。尚、『加速度』という概念があります。速度が変わる時、その
度合いのことであり、簡単には

・・・(22)

ですが、先の微分形式では、

  (ベクトル)・・・(23)
  (スカラー)・・・(24)

となります。
ベクトルの場合は値(スカラー値)が同じでも、方向が変わると異なりますの
で留意が必要です。

ちなみに、『慣性系』は「等速直線運動系」と定義されていますが、前述のよ
うに現実のものは微小であっても速度変動を伴っている(すなわち加速度が
現れている)ので、古典力学の『慣性系』というのは理想形の話であること、
したがって、「地球慣性系」というのは近似的な話であることに留意しておく
必要もあります。


さて、、よ〜く考えてみると、この「速度」「加速度」という概念は

 運動は時間の推移とともに連続的に空間位置が変化する  (※)

ということが大前提になっています。これは地球に置ける運動に関する『物
理常識』によるものです。

しかしながら、もしも、もしもですよ、

 空間のA点にいる物が次の瞬間、A点から空間的に離れたB点に
 出現した
  (※※)

というようなことが起きたとしたらどうでしょうか?この際、「そんな馬鹿なこ
と起きやせん」ということはなしでの話です。
(20)式の分母dtというのは、概念的なもので、現実的なものではありませ
ん。(20)式自体は、(21)式で定義されたものなのです。決して
・・・(25)

ではないのです。

ですから、もし上のような「運動状態」があるなら、今の地球に置ける「速度」
の定義ではうまく説明できないことになってしまいます。
「時間は連続的ではない」として、物理学界で現在、常識になっているかど
うかまでは私は不案内ですけど、Wikipediaにはある「プランク時間」が真理
だとしても、(1)式で定義された速度は光速cをはるかに超える膨大なもの
となってしまいますから、地球の科学者は上の(※※)という状況は「ありえ
ない」SF、空想世界の話だと一笑にふすでしょう。

ですから、彼らは所謂、UFOを否定していますし、また、ぱっぱっと瞬間的
にその位置が離れたところに変わっている映像などトリックだとみなしてい
ると思います。科学的に「映像が捏造だった」ことを証明しているのではな
く、頭から、「そんなことはありえないからトリック映像だ」と決めつけて否定
無視しているだけのようです?が。
ま、こんな話題を持ち出すだけで「とんでも」扱いされてしまうのでしょうが、
私に言わせてもらえるならば、ブラックホール内について誰も実体験もして
いないのに、数学的つじつまわせだけでなされている、それこそ矛盾だらけ
の現実にはありえないようなアカデミズム科学の説明に比べれば、世界中
で大昔から多くの人々が目撃報告しているというその一点でこちらの方が
まだ信じられるとだけ言っておきます。

ネット見ていると、日本とは大違いで、海外では少しずつ騒がしくなってきて
いるようですね。カナダの元・国防大臣という方が議会で存在の証言をした
りテレビインタビューでも存在していると明言している映像がネットにありま
す。そして、特に日本人は誤解しているようですが、米国・NASAは純粋な
「科学機関」などではなく、米国軍の下部組織のわけです。世界広しと言え
ど、「軍の機密」を全て公開するような馬鹿な国など当然ながら皆無です。
ですから、UFO論者の「隠している」という非難も、UFO否定派の「隠して
などいるはずなどない」と言う擁護も実は共におかしな主張なのです。
また、「この目撃はこれこれで説明できる」として否定して安心しきっている
ようですが、「そのつじつまわせ」が絶対真理だと言う証拠などないわけで
す。そして、そういう「つじつまわせ」もできないものが現にあるのです。

ですから、もし、UFOが真実なら、あの「UFOらしきものの不思議な運動」
というのもトリックではなく真実の可能性が出てきますので、現在では「とん
でも」扱いされるでしょうが、あえてここで話題にしたわけです。
なぜなら、あれは「連続運動」ではなく、「不連続運動」になるからです。
そういう時間的「不連続運動」をどのように物理的に表現するのかなという
ことなんですが・・・。私は恐らく、距離と時間の根本的な概念の変更が必
要ではないかと思うのですが、どうなんでしょうか?(私が知らないだけで
今の概念での表現はあるのかな?)

自分の意見がまだないので、とりあえず疑問だけ書きました(^_^;)。
尚、時間・空間に関してはまだ考え中です。('14/3)

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