わが街守山区の紹介

    (2010/7記)


昨年3月に都合で東区から守山区に引っ越しをしました。
守山区は私の勤務先の会社の寮があるため、独身時代住んでいた街ですので、とりあえず
定年になって再び帰ってきたということですが、30年以上の歳月は街を大きく変えていまし
た。

まさかこの区に戻るとは思ってもいませんでしたが、今住んでいる場所は大いに満足してい
ます。そこで遅ればせながらわが街紹介です。地元民でない輩の独断と偏見の記ですm(__)m

守山区は元々は守山市という独立した市でしたがかなり以前に名古屋市に合併して守山区
となった区域で、東部の一部を除きその大半が、名古屋市の北部を流れる庄内川とその支
流の矢田川に囲まれた地域で、矢田川にかかる橋を渡らないと他の区には行けません。

                 守山区全図

上の図からわかりますように東部と北部ではかなり東隣の尾張旭市に食い込んでいます。
そういう地域性か、比較的尾張旭市との接点が多く、守山警察署は東部にあって実は尾張
旭市も管轄区域だそうです。また新聞のちらしも尾張旭市の店の物が多いです。

区内の公共交通機関網
                 公共交通

この区にある駅のある鉄道網は西部を横断するJR中央線、そして矢田川を渡って守山区
を南部の方で東西に縦断する名鉄瀬戸線(地元では瀬戸電の名前で親しまれています)の
二つだけで、地下鉄はありません。

JR中央線の守山区内の駅は新守山駅のみでここは快速は止まりません。
一方名鉄瀬戸線の駅は西から守山自衛隊前ひょうたん山小幡喜多山大森・金城
学院前の5個
あります。名鉄瀬戸線は急行・準急・普通があり、小幡、喜多山、大森・金城
学院前駅には急行・準急が停車しますが、この線には待避線がないので追い越しなどはなく、
急行・準急は単に停車駅が少ないというだけです。

中心駅は小幡駅、私は大森・金城学院駅を利用しています。ここは金城学院大学が付近
北側にありますので、女子大生が多く乗降します。下の写真の大森駅のホームは上り線
ホームで、下り線はすぐに無人自動改札口が線路の北側にありますので足を痛めている私
には大変ありがたいです。もちろん線路の上に渡り部分はありますけどね。駅ビルの上は
大森金城学院前の駅ビルにはケーブルテレビのグリーンテレビが入っています。名古屋市
内のケーブルテレビは中心部はスターキャット、そして緑区、守山区はそれぞれ別になって
います。グリーンテレビは守山区・尾張旭市・瀬戸市がエリアだったと思います(うちは契約
してません。以前は東区にいてスターキャットと契約してましたがスカパー契約していて
ダブルのでやめました。地上波デジタルは小さなベランダアンテナでOKでしたし)。

                中心駅の小幡駅
       私が利用している大森・金城学院前駅(見えているのは駅ビル)

私がまだ独身で守山の独身寮に住んでいた頃は名鉄瀬戸線はわずか2両編成でしかもなん
と、市内を走っているのに手動扉という代物でした。しかし、私が結婚して守山から離れた後、
電圧が昇圧され、また沿線住民の増加、名古屋の都心栄乗り入れなどの変遷があり、今は
4両編成で最近では瀬戸線専用の新型車両も増えています。実はその昔は急行は守山区
内には停車駅がなく、その昔は名古屋の北の玄関と言われた大曽根駅を出ると三郷という
尾張旭市内の駅まで止まりませんでした。守山区はかなり田舎だったんですね。
私の当時住んでいた寮の前はたんぼで、蛙の合唱を聞いて寝ていたものでしたから。今は
すっかり住宅街に変わっています。

さて、地下鉄がない代わりでしょうが、実は大曽根駅から小幡緑地までの間に第三セクタの
ガイドウェイバス・ゆとりーとラインが走っています。この先は一般道(県道15号線)におりて
普通の路線バスとして後述の志段味地区を通って春日井市まで走っています。

ガイドウェイバスですので、道路の上に専用道路があり駅も高架に設けられています。
この駅は守山区内では大曽根寄りから守山守山市民病院川宮川村白沢渓谷、そ
して小幡緑地までの駅がガイドウェイ路線部分の”駅”となっています。
ガイドウェイ路線はJR大曽根駅東の大曽根駅から東区内で道路上を東にドーム北側を通り
(駅があります)、砂田橋という交差点(北東角に名古屋学院大付属中学・高校、南東角に
マックスバリュー、南西角に愛知教育大学付属小学校がある交差点です)で北方向に左折
して県道30号線上を矢田川を渡って進んで守山区に入っています。

確か始発の大曽根駅から守山駅までは運賃が市バスと同じ¥200ですがその先は距離制
です。

                 ガイドウェイバス小幡緑地駅

以上以外は市バスしかありません。そして市交通局は赤字ですので本数はあまりありませ
ん。比較的多い基幹砂田橋(大森車庫行き)でも3〜4本/時程度です。

地域案内
わたしの場合、JR中央線の西側の瀬古・幸心地区はJR中央線のすぐ西沿いにあるアピタ
(ここは前の住居のときからよく利用していました)以外知りませんのでここでは除外しま
すm(__)m

(1)瀬戸街道沿い、守山・小幡界隈
守山区の中心はどこでしょう。名鉄瀬戸線沿い(小幡駅〜喜多山駅間で踏切交差しますが)
で名鉄瀬戸線と同様、矢田川を渡って並行して北側に東西に縦断している瀬戸街道沿いが
元々発展した市街地だったと考えます。そして以前は西部のその名もそのままの守山地区
が中心だったと考えています。ここには私が入社したとき既にあって今まだ存在している
ユニー(現・ピアゴ)守山店がありますし、以前は商店もぽつぽつあった記憶があります。
名鉄瀬戸線で見ると守山自衛隊前駅〜ひょうたん山駅の間くらいの区域です。

しかし市の再開発事業はその東、区役所もある小幡駅近傍でなされ、今ではこちらに区の
中心が移った感じですが、狭い範囲にすぎません。
                 小幡駅前(左側は瀬戸街道)

上の写真の建物は市施設のアクロス小幡で中には守山小劇場もあります。
ちなみに瀬戸街道は下図のあたりは県道39号線となっています。

                 瀬戸街道付近(古くからの市街地部分)


新参者ですのでよくわからないですけど、30年以上前にも住んでいた記憶からの想定です
がこの瀬戸街道沿いから北と南に住宅街が次第に拡大していった感じがします。
瀬戸街道から離れるに従い、今もところどころ狭い範囲で水田が残っていますから。

名鉄瀬戸線の南側でやはり東西に幹線道路があります。瀬戸街道よりずっと新しい道路で、
名古屋市内では千代田街道と称せられている市道です。尾張旭市に入ると旭街道というらし
いです(道路地図記載)。

この道路沿いはおそらく以前は水田地帯だっただろうと思います。沿線にその名もずばり
苗代1、2丁目(以前は字・苗代でした)という地名があり、まだ沿線そこかしこに水田が残って
います。車で走るとあまり気が付きませんが車高の高い定期バス乗るとみられる光景です。
西の起点は二十軒家というところですが、しばらくは片側一車線で、城下という交差点から東
で片側二車線で中央分離帯のある道路となっています。私がよく使う道路です。

県道30号線と瀬戸街道が交差する付近は町名で守山1〜3丁目というのがあるくらいで、
町並みも古い感じがしますから元々の起点だったのかもしれません。ここには陸上自衛隊
第十師団があり、また守山図書館もこの交差点の西、瀬戸街道沿いにあります。うちから
は少々遠いのですがよく利用しています。名古屋の図書館の駐車場は30分以上有料です。
1回6冊まで借りることができ、期限は2週間です。

(2)北東部
東部の尾張旭市北部から守山区まで森の丘陵地帯が広がっていて、尾張旭市北部は森林
公園
という名称で整備されています。そして西の端は小幡緑地公園本園・西園が守山区、
東園が尾張旭市に位置しています(この丘陵地帯は一部で切れていて守山区になっていま
す)。
                 東北部

この森林丘陵地帯の北側と庄内川の間に陸の半島のような形で突き出した地区が志段味
地区で、東側から上志段味、中志段味、下志段味という現在でも大字地名地区となってい
て、市内においては一番の山村的な地域で、かっては「名古屋のチベット」などと揶揄され
た地区でした。ただ、昨今は西隣の吉根地区が大規模土地区画事業で市街化され、それ
に引き続いてこの地域でも土地区画事業が進みつつあり次第に田畑が消えつつあるよう
です。ただ、ここには自然がまだ残っており、せめてそれら自然は残してほしいなと思って
います。

この地区の東の端、瀬戸市との境界には市内最高峰の東谷山(とうこくさん、198m)があ
り、その山麓には東谷山フルーツパークという市民の憩いの公園があります。公園自体は
入場料無料で温室内だけ有料となっています。ここにはしだれ桜が沢山植えてあり、春は
花見客で賑わっています。ちなみに東谷山山歩きはよれよれ山歩きコーナーに掲載して
ありますので興味があればご覧くださいm(__)m
            東谷山フルーツパーク方面交差点(右の狭い田舎道を入ります)
            標高198mの東谷山(山の向こうは瀬戸市です)
            東谷山フルーツパーク桜祭り(しだれ桜です)

これでも名古屋市内なんですよ(^_^;)。公園付近には農家の果樹園などもあります。
また、南の森林丘陵地付近には池もいくつかありますし、この地域には古墳なども点在して
いるようです。

一番上の写真の交差点から右側に入るフルーツパーク沿いの道路は南の森林丘陵地帯
を越えて尾張旭市に繋がっています。写真の交差点の反対側左方向は庄内川にかかる
東谷橋を経て春日井市に続いており、そのためかこの狭い道、意外に交通量多いです。
尚、写真前方は瀬戸市方面(東方)です。

さて、この志段味地区には志段味サイエンスパークという市の施設があり、研究施設等
が誘致されていますが市の思惑通りに進んでいるかどうか私はよく知りません。
またその近くには志段味スポーツランドという施設もあります。共に下志段味地区にあり
ます。

ところでこの志段味地区のメイン道路は上の図の県道15線と後南に至る県道214号線
程度であり、市内でも交通の便の悪い地域です。
県道15号線には前述の小幡緑地でガイドウェイ部分が終わるゆとりーとラインのバス
が公共交通機関です。

尚、図の東名高速道路の西側はもうすっかり市街化されました。図のガイドウェイバス
終点付近から東に進みますと、左手(北側)に竜泉寺温泉という施設があり、更にその
先で坂道を下ります。ここは旧・吉根(きっこん)という大字名地区でこの坂道から下に
かつては田園地帯が広がっていたそうですが、もうすっかり区画整理が終わり住宅地
が広がり、ジャスコ守山店、やまだ電気などの大型施設も進出しております。

(3)東部大森地区

                 東部大森地区

ここがわが街大森です。瀬戸街道・千代田街道を東に進んで東名阪自動車道を越えた地区
で東で尾張旭市と境界をなしている最東部地区です。守山警察署もこの地区にあります。

昨年3月にここに引っ越しするまで知らなかったんですがこちらは守山でも東の端なのに意外
に地価や賃貸料などは高めだそうです。実はここに移り住んで1年以上がたちましたがもうすっ
かり気に入っています。

確かに区域には大型ショップなどはないのですが、すぐ東隣の尾張旭市の名古屋寄りのところ
に中堅ショッピングがありますし、すぐ近くにはコンビニがあり、また、名鉄駅まで徒歩区間にも
ちょうどコンビニがあり、大変重宝しています(^−^)。

そして、お祭り・・・夏祭り、秋祭りがあって楽しめます。近所の床屋さんで色々と情報をいただ
いています。

さて、わざわざこの地域をここで独立して示したのはもちろん住んでいるわが街であることもあ
りますが、実は私の愛してやまない自然が残っているからです。

私は平野部である名鉄瀬戸線の南地域に住んでいるのですが、名鉄瀬戸線の北側地区は前
述の森林丘陵地の南麓側にあり、ここには八龍湿地帯という保護地域があります。その周囲も
広葉樹林の丘陵地であり別荘地みたいにその中に飛び飛びに民家が存在しています。市内で
ありながら信じられないくらいの自然豊かな区域でうらやましいくらいです。
尚、前述の八龍湿地帯は保護のためフェンスで囲まれていて、特定の日だけ開放されるようです。
ここを東に進めば小幡緑地まで歩いて行けますので市内にあってちょっとしたハイキングができ
ます。

私は前に住んでいたところからまさかこの大森地区に住むことになるなんて思いもよらぬまま、
わざわざここまで電車で散策に来たことがありました。折角、それが近くになりましたが、昨年
来、少し無理すると右足がすぐに関節炎になり水がたまっていたいため、山歩きからしばらく離
れているくらいで、まだこの地に来てから一度も行っていませんが(^_^;)。

ちなみにこの北部の森林丘陵地の存在により大森からは市内で前述の北東部の志段味地区へ
は行けません。東隣の尾張旭市に入って丘陵地帯の間の箇所にある道路でしか行くことはで
きませんが、あの自然は貴重ですし、この尾張旭市からの道で十分ですので無問題です。

            
            瀬戸街道(大森交差点東界隈、秋祭り行列)
            大森警察北交差点、左右は千代田街道(大森界隈、秋祭り行列)
            矢田川河畔での大森秋祭り行事(火縄銃)
            秋祭りで賑わう八剣神社
            雨池の向こうは丘の上の住宅地(大森八龍1丁目)
            八龍湿地帯(大森八龍1丁目)
            ひっそりたたずむ唐九郎記念館(翠松園1丁目)

おまけ
名古屋市は人口220万を超える日本第四の人口の大都市ですが、その周辺では多くの市町
村を合併してきた都市です。それゆえ、周辺には田園地帯を有しています。

この守山区も前述のように昔名古屋のベッドタウンとしての市だったのを合併して一つの区
となったところでかなり最近までその地名は大字・小字ばかりでした。田園地帯が広がって
いたこともありますが、これはその土地の住民事情にもよったものだろうと思います。
おそらく名古屋市は住民の意思も取り入れて地名変更を順番に続けてきているのでしょう。
必ずしも宅地整理した地域だけではなく旧来の地域でも地名変更がされてきています。
守山はもとは大字守山、大字小幡、大森、吉根、上志段味、中志段味、下志段味、瀬古、
幸心などの大きな区切りと細かい小字地名ばかりでした。
守山区も現在は北東部の志段味地区や緑地、川河川敷などを除いた多くの地で地名変更
がされています。で、その付け方はどういう方法でやられているのか興味があります。
小字名がそのまま町名に格上げされたところやいくつかまとめて新たに命名されたところ
など千差万別です。住民意思が尊重されているのかもしれませんね。町北、町南、市場、
二十軒家などは小字がそのまま町名に変更されたところです。もとは大字川字東山という
地名だったのを川東山とそのまま結んだ町名もあります。
ちなみに字名がの来る地の場合、正式文書では大字とか字というのをつけないといけない
そうです。しかし、別に田園地帯でなく昔からの市街地なのになぜか小字地名のところが
今もあります。前の前に住んでいたところなどまさにそうですが、そのため余計に長い地
名の上マンションの名前も長くて閉口しました。地名変更に反対している住民がいるのか
なぁ・・・。地名だけ見るとまるで片田舎みたいに見えてしまいますのに(^_^;)

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